月別アーカイブ: 2014年3月

耳のかゆみ  高橋 禮子

ピノキオとアリスの会話が耳に入る眠らずにいようこのままずっと

両耳にふしぎなかゆみを覚えたりリオの海鳴り聞かんとすれば

どこでいつ誰としたのかどうしても思い出せない初めてのキス

ときは寛政ところは谷中の感応寺「五重塔」の語りに引かれる

このあいだ観たる舞台が目の前に在るということ記憶のビデオ

再びの眠りに入らん不思議なる耳のかゆみが消去される

第九の渦   高橋 禮子

雲がゆく空が流れる芸術館の野外に弾けり「よろこびの歌」

昼の月しらじら零れる禮子さん第二の人生いよいよですかと

聴くたびにいくたびに同調しただろう今も流れる松山千春に

うたの無い日日はあらざり愛のない生はあらざりわれの選択

庭土に春がころがるそろそろと歌集出すこと考えている

越冬キャベツ  村山恵美子

この冬、日本列島どこも厳しい寒さと雪だった。東北地方などの豪雪に慣れている地域の方々ですら、「助けてくれ」「雪に殺される」と降り止まぬ雪に悲鳴をあげた。北海道も雪が多く、加えて、低温を伴う寒気団が次々やってきては、近年まれに見る厳しいシバレをもたらした。

この寒さの影響か野菜がみな高値である。なかなか大きくならないのだろうと想像がつく。野菜の生長登熟は陽の光の強さよりも積算温度が大きく関係する。他に土質や施肥、水管理など成長に必要な条件は数々あれども、やはり「暖かさ」が最大のポイントなのである。
人間を考えると分かりやすい。寒い部屋の冷たい布団に入ったなら身を縮めて寒さに耐える姿勢を取る。手足を伸び伸びのばせない。野菜もまったく同様で、ぎゅっと縮こまり息を潜める。つまり育ちが悪くなるのだ。

こうなると、なにか安い野菜は現れないものかと、スーパーのチラシを片っ端から食い入るように見る。週末特売として「大根一本105円」の文字を発見し、「これだ」と店に走る。開店からわずか5分なのに、なんと、すでに大根だけが完売だった。空のワゴンに千切れた葉だけがぱらぱらと残っている。
「ちょっとお兄ちゃん。大根どうしたの。もうないのかい。え!」
近くで品出しをしていた若いバイトを捕まえ、語気を強めて食い下がる女性がいたが、そんなにいじめてくれるな。ないものはないのだから。
だが、こんな状況をどこ吹く風と安定して出荷を続ける野菜がある。地元北海道産越冬キャベツだ。秋、完熟したキャベツの根を切り、そのまま畑に放置するとじきに雪が降る。外がどんなに冷えても、雪と地面の境目あたりは0度前後に保たれる。1メートルもの雪布団で眠るキャベツは凍ることなくみずみずしさを保ったまま掘り出され出荷される。
そして特筆すべきは、これが実に甘くて旨いということだ。パリパリと歯ごたえもいい。数ヶ月間仮眠状態に置かれることで熟成され糖度が増す現象が起こるのだという。たまたま低温倉庫に置いたまま出荷し忘れたキャベツを食べてみたら旨かった。そんな偶然から越冬キャベツ生産が始まったそうだ。

半分なんてケチな買い方はせず、どっかり重いひと玉まるごとを買う。包丁を入れた瞬間、バキンと音を立てて裂けるように割れる力強さがいい。
店頭から越冬キャベツが消えるころ、冬を脱ぎ捨てた北の大地が湯気を上げて動き出す。よし、もうしばらくの辛抱だ。

箱の重さ   高橋 禮子

青春の便りびっしり詰められて箱の重さは一・五キロ

読み返すレターそれぞれ三角の四角の愛をころがしている

棄てるには惜しいフレーズ五つ六つ拾いて呑めり誰も見ていぬ

とっときの箱のひとつを無に戻し生れたる空間わたしの未来

ななめなる日差しを浴びん北風の洗礼受けん大樹のごとく

自が影に怯えることはないだろう烏地上に影を走らす

地に生きる植物なべて潔しいかなる風にも抗うことせず