和歌史と『小倉百人一首』ー1

和歌史と『小倉百人一首』ー1

海野 弘

以上のように、『小倉百人一首』 の時代を、奈良時代という序章にはじまり、平安時代はⅠ、弘仁・貞観時代(七九四-九世紀末)、Ⅱ 摂関時代(九世紀末-一〇八六年)、Ⅲ 院政時代(一〇八六-                       一二二一年)と大きく三つに分けて考えていこう。ではその時代区分に、和歌の流れはどのように対応しているだろうか。
奈良時代の終わりには『万葉集』がまとめられた。『小倉百人一首』 に入っている七人の奈良朝の
歌人は、安倍伸麿以外は『万葉集』にも入っている。
平安時代の前期、九〇五年には『古今集』が選ばれる。『万葉集』と『古今集』の間の百年は、和歌が低調で、漠詩文が盛んな時代であった。
古今集』の、紀貫之によるという「仮名序」は『万葉集』から『古今集』までの約百年に、いにえのことも和歌の心も知る人が少なくなった、とのべ、その間に知られている歌人として、僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、宇治山の僧喜撰、小野小町、大伴黒主をあげている。後に彼らは(六仙)と呼ばれることになる。このうち、大伴黒主を除く五人は『小倉百人一首』 に登場する。(六仙)は、平安時代に入って最初に知られる歌人であるが、その経歴ははっきりしない。生没がはきりしているのは在原業平(八二五-八八〇)ぐらいで、文屋康秀、喜撰、小野小町などはっきりしない。遍昭は八九〇年没という。
(六歌仙)はだいたい九世紀の中頃に活動していたと考えられる。
つまり平安の第一期、弘仁・貞観時代に属する歌人である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*