5、猿丸大夫(さるまるだゆう) 古今集


百人一首百彩-5

海野 弘

5、猿丸大夫(さるまるだゆう) 古今集 これさだのみこの家の歌合(うたあわせ)のうた
なく
奥山に もみぢふみわけ 鳴鹿の こゑきく時ぞ 秋はかなしき

〔奥山の紅葉をふみ分けて、鳴く鹿の声を聞く時、秋の悲しさが迫ってくる〕

単純でわかりやすい歌のようだが、どこで切って読むかによって別な解釈になる。
五七で切るか五七五で切るか、である。五七で切れば、奥山に紅葉をふみ分けていくのは作者ということになる。
そこで鹿の声を聞くのである。五七五で切ると、紅葉をふみ分けてくるのは鹿で、作者は遠くでその声を聞いていることになる。
猿丸大夫もまったく生涯が不明で、実在したかどうかもわからない。この歌は『古今集』に、是貞(これさだ)のみ「この家の歌合のうた」として入っているが「よみ人しらず」となっている。定家はなぜかそれを猿丸大夫の作としている。是貞親王は光孝天皇の第二皇子で、この歌合は八九三年に開かれた。
猿丸大夫を伝説の山人、山伏と考えてみると、自ら奥山に紅葉をふみ分けて入っていくのも不思議ではない。秋の鹿は妻を求めて鳴き、恋の悲しみを感じさせるとされていた。

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