10-蝉丸

百人一首百彩-10

海野 弘

10-蝉丸
後撰集 逢坂の関に庵室を造りて住侍りけるに行かふ人を見て

これやこの 行くも帰るも 別れては しるもしらぬも 逢坂(おうさか)の関
〔ああ、ここが、東へ行く人も西へ帰る人も、知っている人も知らない人も、別れてはまた逢うという逢坂の関なのだな〕

逢坂の関は近江と山城の国境で、大津から京都に行く途中である。
北に比叡山(ひえいざん)、南に音羽山(おとわやま)がある。
ぞうしき           だいご
・蝉丸も伝説の人だ。字多天皇の皇子敦実(あつざね)親王の雑色(雑役夫)だつたとも、醍醐天皇の第四皇子だったともいう。盲目で琵琶の名手であったという。その伝説がロマンをかきたて、世阿弥(ぜあみ)の能や近松門左衛門の人形浄瑠璃に作品化された。盲目の琵琶法師のイメージは、遍歴する旅芸人たちの祖として考えられるようになった。
また逢坂の関に庵室を造って住んだ、とあることから、蝉丸神社がつくられ、関を守る道祖神としても祀られた。
この歌は、「行くも帰るも」、「しるもしらぬも」「別れては……逢う」と反対のものを、ことばあそびのように、くりかえす面白さを持っていろ。めまぐるしい人の動きを、関の庵で、ちょっと離れて見ている、という世の中から一歩引いた、隠者のまなざしが感じられる。

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