11、小野篁(おののたかむら)

百人一首百彩-11

海野 弘

11-参議 篁(さんぎたかむら)
古今集 おきのくににながされける時に ふねにのりていでたつとて 京なる人のもとにつかはしける
はしける
和田(わた)の原 八十鳴(やそしま)かけて こぎ出(いで)ぬと 人にはつげよ あまのつり舟
〔私は今、たくさんの島の間を抜けて、大海に船出をするところだ。釣舟に乗った漁師たちよ、そのことを都の人に伝えてくれ〕

小野篁(802~852)は小野岑(みねもり)の子で、漢詩文、書道にすぐれていた。承和元年(834)、遣唐副使に選ばれたが、大使藤原常嗣(つねつぐ)と対立し、承和五年(836)の出発の時、船に乗らなかった。
そのために官位を奪われ、隠岐島に流された、その時の歌であるという。
博学で、その漢詩文の見事さはよく知られていた。嵯峨(さが)天皇にその学識を認められ、重用された。
しかし反骨的なところがあり、当時、かなり腐敗していた遣唐使の制度を批判したため、隠岐島に流された。その流された日々につづった漢詩や和歌は都に伝えられて、仁明(にんみょう)天皇に許され、承和七年(840)、都に呼びもどされ、やがて参議(中納言の次)になつた。
この歌は、詠まれた事情や時がはっきりしている。自分は不当な罪で今、流されようとしている、漁師たちよ、そのことを都の人々に伝えてほしい、というのである。

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