12-僧正遍昭(そうじょうへんじょう)

百人一首百彩-12

海野 弘

ごせち
12-僧正遍昭(そうじょうへんじょう)
古今集 五節(ごせち)のまひひめをみてよめる

天津風(あまつかぜ)雲のかよひぢ 吹(ふき)とぢよ 乙女のすがた しばしとどめむ
〔天の風よ、雲の間の通い路を吹きとじてくれ」乙女たちの姿をもう少し見ていたいのだ〕
五節の舞姫は、陰暦十一月の豊明節会(とよあかりせちえ)の時の催物で、天武天皇の時にはじまったという。毎年、四人の舞姫が選ばれる。今年とれた新穀を天皇が食べる新嘗祭(にいなめさい)が夜にあり、翌朝になると豊明節会となり、舞姫が五節舞を、五度袖をかえして舞う。四人の舞姫は公卿の娘二人、受領の娘二人となっているが、しだいに衣裳が華美になり、莫大な費用がかかるようになつた。
この歌では舞姫が天女にたとえられ、舞がすむと天に帰っていくのだろう、とされている。
僧正遍昭(816~890)は良岑安世(よしみねのやすよ)の子、桓武天皇の孫で、良琴宗貞(むねさだ)といった。仁明(にんみょう)天皇に仕えたが、八五〇年に仁明が没し、深草山に葬られると、それを悼んで比叡山に入り、出家したという。美男子で、僧侶になっても、女性にもてたらしい。小野小町があこがれた、という伝説もある。
この歌にもそんな色気が感じられる。

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