39-参議等(さんぎひとし)

百人一首百彩-39

海野 弘
39-参議等(さんぎひとし)
後撰集 人につかはしける

浅茅生(あさじゆう)の をののしの原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき
〔この篠竹の茂った荒れ果てた野に、私は自分の想いをかくして、ひそんでいたが、その想いはあふれ出して、あなたに会いに行きたくなる〕

〈浅茅生〉は、小野の枕詞。〈しの原〉は、忍ぶを呼び出す。〈忍ぶ〉は、篠原に隠れることと想いを耐えしのぶことの両方を意味する。
参議等(880~951?)は源等(みなもとのひとし)。嵯峨天皇の曾孫で、嵯峨源氏である。九四七年に参議となった。娘は、やはり『小倉百人一首』に入っている権中納言敦忠の室となつた。
平安朝は藤原氏全盛であつたが、天皇家から源姓を与えられて臣列に下った源氏も、それに次で勢力を持った。藤原氏の首座を揺るがすことはできなかったが、学問、文学、芸能などでは源氏はユニークな活動をした。『小倉百人一首』にも源融(とおる=
河原左大臣)、源宗干、源等、源重之、源経信、源俊頼、源兼昌、源実朝と、藤原氏に次ぐ源氏が入っている。

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