48-源 重之(みなもとのしげゆき)

百人一首百彩-48

海野 弘

九いぜいいんとうぐう
48-源 重之(みなもとのしげゆき)
詞花集 冷泉院春宮と申しける時百首奉りけるに詠める

風をいたみ 岩う頂波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな
〔風が激しく波を岩にたたきつけているが、波だけが砕け散ってゆく。私の心も、相手にぶつかって、はねかえされてしまい、ますます思いがつのつてくる〕

源重之は生没不明。清和天皇の曾孫。父は源兼信。伯父の参議兼忠の養子となった。兼備は、陸奥にいたらしい。重之は地方官としてあちこち旅をしている。
冷泉天皇が東宮(とうぐう)であった時、帯刀先生(たてわきせんじょう=雷管備長)として仕えた。その時、百首を奉った中の一首らしい。下級役人であったが、歌人としては才能を認められていた。旅の歌人といわれ、東北から九州までを旅して、歌をのこしている。
くわしくはわからないが、重之の子が陸奥で殺されるという不幸があった。恵慶法師、大中臣能宜(おおなかとみのよしのぶ)、安法法師(あんぽうほうし)などが。そのことを悼む歌をつくつているので、彼らが親しい仲であったことがわかる。
村上天皇の後、冷泉、円融、花山と天皇が目まぐるしく変わり、藤原氏が権力争いをした不安定な時代であった。源重之は、そのような権力の岩にぶつかって、くだけ散ってしまう無力な自分を感じたのだろうか。

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