53ー右大将道綱母

百人一首百彩-53

海野 弘

53ー右大将道綱母(うだいしさつみちつなのはは)
拾遺集 入道摂政まかりたりけるに、かどをおそくあけければ、立ち煩(わずら)ひぬといひ入れて侍りければ

なげきつつ 独(ひとり)ぬる夜の あくるまは いかに久しき ものとかはしる
〔来ない人を嘆きつつぎひとりで寝ている夜は、明けるまで、いかに長いものかを、あなたは知らないでしょう〕

詞書によると、入道摂政(藤原兼家)がやってきたが、門をなかなかあけてやらなかったので、外で立っているのにくたびれた、と文句をいった。それに対しての答えなのである。
右大将道綱母(九三六?-九九五)は『晴玲日記』 の作者である。摂政関白となり、花山天皇を引退
させ、一条天皇を立て、摂関政治を確立したといわれる兼家の子道綱を生んだ。浮気な兼家に悩み、
その思いを日記に書いている。
この詞では、しばらく待たせて門をあけたようであるが、『晴玲日記』では、門をあけてやらず、
兼家は他の女のところへ行ったとなっている。そうすると、この歌のニュアンスもちがって感じら
れる。
ともかく兼家との仲は二十年以上つづいたらしい。

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