71-大納言経信(だいなごんつねのぶ)

 百人一首百彩-71

海野 弘

71-大納言経信(だいなごんつねのぶ)
金菓集
師資(もろかた)朝臣の梅津の山里に人々まかりて、田家秋風と言へる事を詠める

夕されば 門田(かどた)のいなば おとづれて あしのまろ屋に 秋風ぞふく
〔夕方になると、家の前の田の稲の葉を揺らし、産で葺いた丸い屋根の家に秋風が吹いてくる〕

これもわかりやすい叙景歌だ。まろ家は、中心柱からまわりに産を葺き下して、傘のような丸屋根になっている小屋のことだろうか。
詞書では、源師賢の梅津の山里(山城国、今の京都市右涼区)に人々が集まり、田家秋風の題で詠んだものである。
この時代には、都を逃れて、地方の田園生活を面白いと見る趣味があらわれた。ひなびたもの、古風なもの、廃墟趣味、懐古趣味、歴史の意識などが詠われる。もちろん、田舎が面白いというのは、あくまで都の貴族の感性からのものである。
大納言経信は源経信(1016-1097)である。平安後期の歌人で、詩、管絃の名手でもあり、風流人であった。源師賢は琵琶の名手資通(すけみち)の子で、経信の管絃仲間で、それぞれ山荘を持ち、そこに集まって歌や管絃の会を開いていた。経信の山荘は桂にあり、桂大納言ともいわれた。
この歌はそれらの山荘で生まれた、山荘文芸の一例である。
経信は摂関時代の最後を飾る歌人で、院政時代への過渡期を生きた。