72-祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)

 

 明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

三武 義彦

百人一首百彩-72

海野 弘

 

72-祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)
金葉集 かへし
音に聞く たかしの浜の あだ浪は かけじや袖の ぬれもこそすれ
〔あの有名な高師の浜のあだ浪が、袖にかからないよう気をつけます。濡れてしまいますから〕

高師の浜は、大阪府浜寺から高石市にかけての浜で、和泉国の歌枕。高師に、波高しも掛けられ
ている。

これは康和四年(一一〇二) の 「堀河院艶書(えんしょ)歌合」で中納言俊忠の歌「人しれぬ 思ひありその 浦風に 彼のよるこそ いはまほしけれ」(人知れぬ思いかあります。ありそ(荒磯)の浜の風が波を打寄せているのも、なにかいいたいことがあるのです) への返しである。
色好みで名高いあなたの、あだな(いたずらな)思いの波はよけましょう。袖が濡れてしまいますから、という意味である。
祐子内親王家紀伊は生没不明。後朱雀院中宮げんしに仕え、のち、その娘の祐子内親王に仕えてこう呼ばれた。紀伊の名は、紀伊守藤原重経の奏であったからではないかという。(きい)でなく、(き)と読む、という説もある。
後宋雀天皇には皇后、中宮、女御が多かったので、それぞれ女房たちがいて、女房文学が盛んであった。紀伊もそこで歌人として活躍した。男たちの歌に鮮やかに切り返す才気がこの歌でも見られる。

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