妻恋        西方 澪(みお)

                                         西方 澪(みお)
十月初旬、紅葉にまだ早い奈良県の生駒山に行って参りました。
目的は、生駒山南面の中腹にあるスリランカ料理店で食欲と名月の秋を愛でることです。 そこは、かなり知られたレストランで、デートコースには最適のロケーションとしてお勧めします。と、同時に誘われもします。
京都郊外の私の家からもほど近く行き慣れているだけに、誘われれば断る理由もありません。と、いっても残念ながら親しい友人家族との団体さんですが・・・。
その夜は満月には二日ほど早かったようですが月明かりは煌々と山を照らし、、麓に点在する民家の灯が浮かび無数の星も天空にまたたく見事な夜景でした。秋の山風もさわやかで肌にこころよく、秋の山里を描写しての実況を皆様にお伝えしたくなる衝動に駆られるのはアナウンサーという職業柄仕方ないのですが、ここはプライベートの場ですから素敵な雰囲気を仲間で独占して食事をたのしむことにします。
今回の食事はいたってシンプルでした。
アルコール分のないパイナップルビールを飲み、ワランダという鶏肉、ジャガイモ、にんじん、なが芋、卵、赤ピーマン、ニラなどが入った鍋料理を食べ、エローライスに残り汁を掛けて頂くだけなのですが、これがまた絶妙な味でして、ライトに浮かぶ紅葉の木々を愛でながらの食事ですから、次から次へと会話も弾み、当然ながら食欲もますます盛んになりオーダー追加です。美味しい食事に大切なのは、パートナーと会話、とはけだし名言ですね。
夏に訪れたときは、バナナの葉で包んだ上記にエビやココナッツなどを加えた具沢山料理を庭でわいわいガヤガヤ語りながら頂きました。昼間の暑さなど感じさせない爽やかな涼風の中、楽しく幸せなひとときでした。なにしろ、野菜はこちらのレストラン経営のご夫婦が丹精こめて自営栽培した無農薬野菜を惜しげなく提供するのですから四季それぞれの味わいが充分に楽しめます。
生駒山から眺めた月明かりと星空も、季節毎に変化に富んで素晴らしい夜景を演出しますのでムードは満点、あとは同行者次第です。

生駒山は。いにしえの都人以来諸人に愛され続けてきました。
万葉の歌人もまた、数多く生駒山を詠んでいます。
詠み人は知りませんが、私の好きな歌に次のような妻恋の歌があります。
「妹がりと馬に鞍置きて 生駒山 打ち越え来れば 黄葉散りつつ」
妹(いも)がりとは、妻を恋しく想うという意味と聞いています。
妻を想い、もみじに染まる山路を駆けて抜ける男の姿が見えるような歌ですね。
万葉には生駒や草香山の歌が多く載っていますが、大和と河内を分ける生駒山(642m)の峠を越える山道は妻恋いの道であったらしく、どの歌も人恋しさに溢れています。
なお、草香山という名は生駒山の北の峰を差したようです。

古代人は、飛鳥や平城京から畿内へ出るには「生駒山越え」か、山を迂回して丘を通る「龍田越え」があったようで、急げば険しい山越え、急がなければ丘越えでした。生駒山の山裾を流れる龍田川流域は、春は桜、秋は紅葉が美しい観光名所ですが、昔の人にとっても同じだったようです。
誰もが知る古今集や百人一首に載る在原業平の名歌に、
「ちはやぶる 神代も聞かず龍田川 からくれないに 水くくるとは」
がありますが、神代にも聞いたことがないほど、龍田川を染める鮮やかな紅葉を歌っています。

日本書紀にも神武天皇の生駒越えの話が載っています。
神武天皇が大和へ遠征しようと生駒の麓の峠越えの途中、長須髄彦(ながすねひこ)の軍勢と戦って敗れ、生駒越えを諦めて、紀伊半島から熊野に迂回し、熊野から大和へ入ったとの記述です。その頃の生駒山越えは、飛鳥の都に入る最大の難所だったのかも知れません。
六世紀の中頃には朝鮮半島と日本との交流が深まり、多くの文化が通っています。
とくに、唐と新羅の連合軍と戦う百済の要請に応えて3万人近い援軍を差し向けて、白村江の戦いで大敗して倭国軍が連れ帰った、亡命百済人がもたらした半島文化によってわが国の生活形態は大きく変化したとされています。
その直後の倭国は、白村江の戦いで勝ち誇った唐と新羅の大軍の侵攻に備えて防御の準備を始めました。 大宰府には水城を、九州から瀬戸内や大和に至る各地には堅固な山城を築きました。
その一つが、飛鳥の都を守る生駒山に築いた幻の高安城です。
幸いに唐と新羅が仲間割れして侵攻がなく、高安城は廃城となり千三百年もの間歴史から消えたのです。 倭に帰化した百済人が、故郷の山に似た生駒山を望郷の象徴として慕ったのも妻恋につながります。

なお、妻恋とは男女、どちらにも通ずる恋慕の情を現す言葉だそうです。
近年、国内の産業不振に見切りをつけて海外に進出する日本企業が激増し、 単身赴任で海を渡る妻子持ちの男性も少なくないと思います。
こんな時、異国の地で働く夫からの連綿とした妻恋メールに、妻の返信はいかなる内容でしょうか? 案外、夫恋しさよりも自由を得た開放感の方が強かったりして。いや、そんなことはありませんね?
目下、独身貴族の優雅な日々を謳歌している私ですが、妻恋の心をいとおしむ日がいつ来るのかを密かに占ってみたら・・・なんと大吉の卦が出たのです。むむ、こうなると、これが秋の夜の夢で終わらないことを祈るのみです。

 

 

 妻恋        西方 澪(みお) への1件のコメント

  1. masaki_hanami

    西方澪(にしかたみお)さんからのエッセイを載せさせて頂きました。
    電話で話していも、さすがにアナウンサーとしてのキャリアを感じます。
    外国生活も長く語学にも長じるだけに教養の深さが溢れるのが分かるのです。
    開運道スクールのメンバーは多士済々、それごここで交流します。
    これからは、全国の開運道メンバー・関係者からの郷土色豊かなお便りをお休み処のスクール・サロンに、文芸色を感じたらこちらにと、振り分けて載せさせて頂きます。そうなると楽しいですね。
     皆様、じゃんじゃんと私宛にメールしてください。
     もちろん守秘義務がありますので私信は載せません、ご安心ください。
                       開運村村長・花見正樹です。
                       hanami@kaiundou.jp
    または、masaki94581@gmail.com
    どちらでも結構です。

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL

*