Welcome Guest 
メインメニュー
サイト内検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
[ リロード ]   [ トップ | 一覧 | 単語検索 | 最新 | ヘルプ ]

Counter: 3591, today: 1, yesterday: 2

先生方の作品集

吹雪と喇嘛塔

山田賢二

 船引の乗った貨物列車が動き出したのは深夜であった。彼は衣類の詰っている洋ダンスの中に隠れ、夕食用のパンを噛った。どこまでこの汽車が行くのかさっぱり見当がつかない。ゴトゴトと音をたてて真暗な原野を走り続けているうちに眠ってしまった。
夜明けになると雨が降り出した。シートをかぶせにくる人夫の話し声が聞えた。
だんだんと雨が激しくなる。昼近くになった。どこかの駅に汽車が停った。タンスから身を乗り出して外を見ると、猛烈な雨で外は一面泥土と化している。鞍山に近いらしい。いつ動くかわからないが用便の必要があるので様子を見て貨車を降りた。雨のおかげで人の動きがないので線路を越えて樹間を伝い、小屋のあるところまで駆けた。
ふと見ると一台の荷馬車が泥土にはまり動けないでいる。一人の馭者がひいているロバの身体を起し、泥にはまった車輪を引き上げようとしているが梃(てこ)でも動かない。
船引は列車に戻ることも気になったが、それを見て手伝ってやろうと、とっさに判断し、雨の中を飛び出して泥に脚を踏み入れた。車輪を力いっぱい持ち上げ押してやる。中国人の馭者がそれを見て「謝々」と感激、二人が共同で荷馬車を引きあげた。
全身ずぶ濡れの船引を見て馭者は気の毒がった。行く先は鞍山だという。
馭者は船引に「後ろへ乗れ、家で衣服を乾かせよ」と言っているらしい。言われるまま船引は濡れた服を脱ぎ荷馬車に横になった。
馭者の家は鞍山の郊外にある農家だったが、何か商売をやっているのか倉庫に荷物を運んで一息ついた。
その家に入り火で服を乾かしながら茶を飲んだ。いろいろ話をしているうちに鞍山から汽車の運行は不定期ながらあるということがわかった。駅へ行って確かめることにした。

 服もどうやら乾き食料ももらって徒歩で町まで行くことにすると、馭者の男は見知らぬ日本人の厚意に礼をいいながら「一路平安」と見送った。
鞍山の街は満鉄の子会社昭和製綱所のあるところだが、群集の掠奪と小競合いで破壊された家が点在していた。日本人らしい人も見かけた。屋台で朝食用にあたたかいい支那そばを腹につめた。

 夜になった。駅の構内で翌日の汽車の切符を買い、待合室にごろんと横になった。
大分たってから、いきなり銃のようなもので肩をつつかれて飛び起きた。彼と同じように駅で寝ている浮浪者も一緒だった。ソ連兵が何人か立っている。
「来い!」という。
人狩りである。街頭における人狩りは大連でもあった。歩いているといきなり両腕を抱え込まれトラックへ放り投げるのである。労働者を強制的に引っ張っていくのだ。
「しまった!」
船引は油断していたことに気がついた。
有無をいわさず連れて行かれたところはどうやら製綱所の一部であるらしい。頑丈な建物が半ば壊れかかっている。かなり内部も掠奪の跡が残り荒されていた。周囲には高圧線の通っている鉄条網があり、望楼が建っている。

 監視の兵が櫓の上で見張っている様子だ。放り込まれたところは窓のない奥の教室のような場所で、他に連れてこられた同類の男たちが、日本語の判る中国人に仕事の説明をうけていた。修復作業に一定期間使役されるのだが、外へ出ることは許されない。その上無報酬である。体のいい捕虜扱いであった。
表へ出て仕事の要領を教えられる。仕事は単純だがかなりの重労働で、人力による土石や鉄骨の運搬作業は体力のないものには無理な作業だった。
働いているのは大方日本人らしい。この仕事、いつまでやらされるのかと船引は後悔したがどうにもならない。

 一日の作業が終るとスープと黒パンの粗末な食事を与えられ、作業衣のままでくたくたになって眠りこける。
こんな日の繰り返えしで船引は頭を抱え込んだ。逃亡が発見されると射殺されるという。隣で寝ている四十がらみの男が船引に話かけてきた。
「兄さんは若いからいいな。わしらは生きてここを出られるか、それが心配だ」
目が落ち凹んで頭も禿げかかっている。ここへ連れてこられてもう一ヶ月もなるという。
「そりゃ、ひどい。私は不覚にも捕まってここへ連れてこられたが、この仕事は終りがないわけではないんでしょう。一体どうなるのでしょう」

 船引はこの仕事の実態が呑み込めていないので訊いてみた。
「奴らは病気で倒れるまでこき使うらしい」 
 四十がらみの男はため息をまじえてボソッと言い、「この仕事が終っても次にまたどこかへ連れていかれる。そうみんなが言ってるよ。地獄だ」
 すると向こうの方で寝ている中年の男が頭をもたげて船引に声をかけた。
「あんたな、若いと危ないぜ。女の兵隊に気をつけなさいよ。強姦されるぜ」
 船引はびっくりした。
「何ですか、それは。どういうことですか」
 中年の男はぶっきら棒に言った。
「ロスケの女の兵隊がいるんじゃ。こいつら男に飢えてるってことよ」
いわれて船引きは唖然とした。よく呑み込めなかったからである。
四十がらみの男は「へへへ」と変な笑いをして、
「あいつら人間じゃねえな。女の兵隊といったって俺たちの倍くらいでかい奴ばかりで、ドイツと戦ってもう下手な男より凄い怪物だ」

 女の兵隊というのは日本の兵隊にはなかったが、欧米の諸国には後方部隊にいたようである。組織の中にれっきとした軍服を着て存在していた。実際に戦闘に参加したものもいた。大連に進駐したソ連軍にも街を歩いている女兵をよく見かけた。いずれも巨体の持主で、路上で尻をまくって用を足しているのを見たが、彼女らは平気だった。
 その女兵たちがここの施設で若い男を襲うというのは、男の兵士らが相手にしなかったせいもあった。
 翌日から船引は女の兵隊を見ると近づかないように警戒した。衛生検査と称して医務室へ連行されると危険である。必ずズボンを下せと命令される。それから先は押して知るべしである。
 いつ終るともしれない労働でヘトヘトに疲れきった船引は、このままでは殺されてしまうと実感した。脱出を考えたが高圧線の鉄条網を破ることは不可能である。出入口は一ヶ所、門衛がいて厳重にチェックする。時折、中国人の業者が雑貨品を持って出入りする以外は誰も通らない。

 そういう状態で一ヶ月ほどたった。
満州の冬は早い。小雪がちらつく十一月のある日、ひと仕事終って昼食に戻ろうと廊下を歩いていると、中国人の業者の一人とばったり顔を合わせた。向うの方から気がついて声をかけてきた。ふと見ると貨車を降りて泥土に車輪をとられて困っていた荷馬車の馭者である。
「什么?你的フナビキ」
船引は彼の顔を見た途端思わず抱きついた。
船引は事の経過を説明した。馭者は商人なので自由に出入りが出来るらしい。といっても勝手に船引を連れ出すわけにはいかない。

 事情を聞いて馭者の男は耳元に口を寄せて“二、三日我慢してくれ、脱出できる方法を考える。今度くるのは二、三日後だがそのときに話そう”と言って別れた。
馭者の来る二、三日後は長かった。果して来てくれるかも不安だった。冬ものの衣料を箱につめて運んでいるらしい。

 昼になると廊下に出て馭者の現われるのを待った。
寒い日だった。船引は馭者に再会できた。彼は次のように説明した。
“まともに交渉しても、あなたを解放する許可は下りない。それで少々危険だが、あなたが私になって、この通行証で脱けるしかない。それは私の来ない日だが、いま私のかぶっている帽子を真深にかぶり顔を伏せて許可証を相手(門衛)に見せ、さっと出るのだ。
 いちいち顔を確かめることはしないから多分成功するだろう。念のためにこの箱を手にしていればカムフラージュになる。通行証と帽子と箱は、夜になったら監視所の死角になっているあの箇所に外から投げる。時間はみんなが寝静まる午前零時。実行は翌日の正午。出たら馬車を停めて向うの角のところに屯ろしているから走って来い。あなたがいなくなればすぐに分るから一目散に逃げるのだ。“
 馭者は成功を祈ると言って出て行った。
 深夜、暗闇の中で投げ込まれた箱を船引は受け取った。箱には通行証を入れた上着と帽子が入っていた。さらに箱の横に馭者の名前のついたラベルが貼ってあるのを確認、楊林春という男だということもわかった。

 翌日、午後十二時に船引はその箱を持ってトイレへ入り素早く着換えた。帽子を深くかぶると顔が半分かくれた。そのまま通用門へ。他に一人通行人がいたのでその後について通行証をよく見えるように顔のあたりにかざした。通過。出ると周囲を見回わした。そのまま道を突っ切って指定の場所へ足早やに歩いた。
 楊が馬車の上にいた。
「頂好、頂好」と彼は笑った。

 脱出成功。船引は楊の肩を抱いて素直に感謝の意を伝えた。楊はもうそこへ物を売りに行くのは今日限りでやめたと言った。はじめからそのつもりでいたのは、施設に深入りすると後が面倒になるというのであった。
 船引は運が良かった。お礼に幾らかの金を渡そうとしたが楊は受取らなかった。船引は命の恩人である楊を生きている限り援けてやろうと決心した。
鞍山の街で楊と食事をしながら船引は自分の身分と日本へ帰った場合の状況を説明した。お互いの連絡先を確かめ合い、後日、再会を約して船引は別れた。

 晴れて自由の身になり、一人でバンザイを叫びたくなった。
鞍山から満員列車に乗り、新京(長春と改名されていた)へ降りたのはその翌日、吐く息が白くなる寒い朝であった。


XOOPS Cube PROJECT