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坂本龍馬
2、 坂の多い町


第七章 長崎の涙雨

3、 饅頭やの墓


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 3、饅頭やの墓

 その広大な森は長崎の名刹で知られる皓台寺の敷地だった。
 太兵衛は何度か長崎には来ているが、皓台寺の森に足を踏み入れるのは初めてだった。長い盗賊生活の中で太兵衛は、神社や寺など神仏を祀る敷地内での殺生や物盗り強盗だけは経験がない。やはり、心のどこかで神仏の祟りが怖かったのかも知れない。
 それでも太兵衛は、長崎だけで幾つもの末寺を待つほど著名な皓台寺については、多少の予備知識があった。
 この皓台寺は二百年以上も昔の慶長年間に備前の国松浦の亀翁良鶴が創建したという曹洞宗の古寺で、長崎のキリシタン全盛時代には閑古鳥が鳴くほどの寂れた貧乏寺だった。それが、キリシタン禁教例の発令によって息を吹き返して庫裡や方丈を修築し、今では禅寺としては珍しく檀家も多く財政も潤っているらしい。
 提灯の光に浮かぶ壮大な山門をくぐった龍馬は、正面の本殿に向かって足を揃えて腰を折って一礼をし、本殿には向かわずに丸抜きの障子窓から灯火の見える方丈の戸口に近寄り、「夜分にお頼み申したきことあり推参いたした」と、声を掛けた。
 内部から引き戸が開かれ留守居の若い僧が迷惑そうに顔を出した。
「この一月半ばに出来た近藤長次郎の墓に案内してくれんですか?」
「はて? 調べてみますで少しお待ちを」
 暫くして、僧が灯の点った提灯を手に引き戸を開けて出て来た。
「少し歩きますが、よろしいですかな」
 龍馬と若い僧は、暗い空を覆う樹木の仲の細い坂道を上がり、山際の寂しい墓地にたどり着いた。
 提灯の灯で粗末な木片に書いた墨字で長次郎の墓と確かめた龍馬が納得したように頷き、若い僧になにがしかの銭を渡して礼を言い、一人にして欲しい、と告げると若い僧は手のひらの中の銭の額を確かめてから大仰に頭を下げ嬉しそうに帰って行った。
 そこには、亀山社中の規約にある抜け駆け禁止の約定を破って、詰め腹を切らされて死んだ近藤長次郎が眠っている。
 僧の持つ提灯の灯が遠ざかって見えなくなるのを確かめてから、自分の提灯を傍らに置いた龍馬が正座して腰を折り、土下座して額を土に付けた様子だった。
 暫くして声が漏れた。殆ど顔が土に触れる距離にあるだけに声はくぐもるが、幹や枝葉の重なりあった樹林に騒ぐ風の中でも呟くように墓板に語りかける龍馬のくぐもった涙声が夜のしじまを縫って太兵衛の地獄耳に届いてくる。
「宗次郎、悪かった。わしが留守にしたために死なせてしもうた。わしがおったら切腹などさせんじゃった。
 おぬしとわしは幼馴染、歳はわしより三つ下だったが小さい時から家業の饅頭を抱えて売り歩いて貧しい家族を助け学問もよくした。その結果,土佐城下の噂が城内に知れ渡り、容堂公自らが名字帯刀を許された。わしとは神戸海軍操練所でも勝先生の弟子として働き、共に亀山社中を立ち上げた。
 おぬしはまことに有難い存在じゃった。じゃが饅頭や! おぬしは自分の才に溺れて驕慢になり、グラバーから亀山社中の名で買ったユニオン号や洋式小銃を長州に売っただけじゃに、何もかも自分だけの手柄にして毛利の殿様から謝礼金や刀などを貰って独り占めにしたり、社中の金を横流しして利ざやを稼いで懐に入れたりしていたという報告が社中仲間から届いちょる。その真偽などはどうでもいい。おぬしの人望のなさが辛いのじゃ。仲間から信頼されんではでかい仕事はできん。その上、大儲けさせたグラバーからお礼にイギリス留学の甘い罠を仕掛けられ、つい乗ってしまったのがこのざまじゃ。
 嵐で出航が日延べになったと言うて亀山におぬしの密航を知らせに来た水夫はグラバーから金を貰っての仕事じゃったそうだ。グラバーは武器の売買を独占して高利をむさぼるつもりじゃけん、社中が間に入って商売やるのは好かんのじゃ。それにしても見事にはめられたもんじゃ。饅頭や長次郎、おぬしはグラバーに殺されたようなもんじゃ。陸奥や千屋に責められても、おぬしは武士じゃないじゃきに腹など切らんでもよかった。平謝りに謝って許しを乞い、土佐に戻って饅頭屋をやってりゃよかったんじゃ。そしたら、わしが必ず迎えに行き海外飛翔の夢を一緒に味わえただに」
 龍馬が立ち上がって夜目にも汚れた手ぬぐいを出して涙を拭き、その布で墓板を拭いた。
「宗次郎、おぬしにこの山の中は似合わん。近いうちに必ず梅の花の香る小曾根邸の墓地に移してやる。それまで待っちょれや」
 龍馬は提灯を手に坂を下って樹木が風に騒ぐ浩台寺の森を出て、来た道を戻って行く。太兵衛の予想はまた外れた。
 ここから北に寺町通りを少し行くと禅林寺と深崇寺があり、その近くに亀山社中の拠点があるはずだった。ならば、久しぶりの長崎で亀山に寄るのは頭領として当然のことなのに、それに背を向けて龍馬は来た道を下って行く。
 やはり、お元に逢うほうが亀山社中の仲間よりは先なのか?
 龍馬は帰路もまた丸山遊郭には寄らなかった。ひたすら外人の住む南の山手町に向かって急いで行く。唐人の住む屋敷町を抜けて大浦の高台を見上げると、そこには港を見下ろす城郭のように森に囲まれた巨大なグラバー亭が見えて来た。



4、 トーマス・B・グラバー


添付ファイル: filekaiundou.jp_ryoma_040.jpg [詳細] filekaiundou.jp_ryoma_039.jpg [詳細]

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