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坂本龍馬
3、 饅頭やの墓


第七章 長崎の涙雨

4、 トーマス・B・グラバー


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 4、トーマス・B・グラバー

 丘の上のあちこちに銃剣を抱えた警備の私兵が立って歩哨を務めていて、土佐や薩摩でも見られないような大砲が何門も据え付けられている。ここはまさしく役人の手の届かぬ外人部隊の要塞なのだ。長崎にはイギリス、アメリカ、オランダ合わせて百人近い外人が正式に居住して何らかの仕事に従事していたが、実際には密入国や不法滞在も併せると二千人を下らないという噂もある。その大半がグラバー邸に関係しているらしい。
 神戸にあった幕府の海軍操練所で龍馬と行動をともにしていた長岡謙吉や陸奥陽之助など十人以上が集まって築いた亀山社中が、薩摩藩の援助を受けたりしてここまで何とかやりくりをして来たのは太兵衛も知っていたが、近藤長次郎の死がグラバーの策略によっての内部分裂狙いとは思ってもみなかった。しかし、グラバーならやりかねない。
 太兵衛は薩摩藩の鑑札と通行手形を持つ呉服商として、亀山社中の何人かとは面識があり、秀才振りを認められながらも饅頭屋と呼ばれて蔑視されていた近藤長次郎にも会っている。背が低いために刀だけが異様に長く見えたが、近藤という男だけが太兵衛の反物を厳しく値切ってきたのを覚えている。その挙句に買わなかった。もっとも太兵衛としても売れ過ぎて荷が減ると困るので、値切られても値引きはしなかった。
 グラバー邸の門番が銃剣を前に突き出して、「ダレだ? ナンノ用か」と叫んだが、それを無視するかのように龍馬が大きく手を振って普通の声で話しかけ、全く歩調も変えずに悠々と肩を揺すって門内に入って行った。
「よく見い。わしは坂本龍馬じゃ見忘れたかや? ミスターグラバーに会うので通るぜよ」
 言葉が通じるのか、守衛兵は笑顔で挨拶して龍馬を見送った。やはり、ここに数多く通っているのは間違いない。
 太兵衛は闇にまぎれて邸内に潜入し、家屋に近く伸びる楓の幹を伝って屋根のひさしに移り、懐中から出した忍び道具のクナイを使って窓の内カギを外し、苦もなく室内から素早く屋根裏に忍び込んだ。耳を澄ましすと話し声が階段を上って来る。太兵衛は身を低くして天井裏を這い、応接間の真上に移動して身を潜めた。お誂え向きに丁度手ごろの小穴が開いていて、そこから下が覗ける。
 太兵衛は、将軍家茂の遠国御用に採用される以前の仕事でも長崎の地を何度も訪れていた。
 ここは振興地だけに外国から来た珍しい品物も多く、盗品は仲間の骨董屋に運べば右から左に高価な値がついて好事家に売れた。
 グラバーは、その頃からの顧客だったから邸宅の間取りも来歴も頭に入っている。太兵衛が天井裏に忍び込んだのは初めてではない。遠国御用を務めるようになって、グラバーと知り合ってからも天井裏に潜ったこともある。そのとき異様な儀式を見たこともあり、つい呼吸の乱れを生じて、そのまま応接室の上まで移動し、後から部屋に入ったグラバーに気づかれて拳銃で狙われたことがある。あのときは命からがら逃げ出してことなきを得たが、この魔物の巣窟のようなグラバー邸だけは好きになれない。
 忍びの修行には実技だけでなく天変地異から政治経済、各地の方言や風習、金銀から小銭までの流通価値や米相場、男女の秘技までも学習しなければならず、記憶力や決断力も並みの人間と同じでは勤まらない。その点、太兵衛とグラバーには共通点があった。
 トーマス・ブレーク・グラバーは一八三八年(天保九年)、スコットランドの沿岸警備隊一等航海士の五男として生まれた。
 若くしてイギリスから上海に渡り、世界最大の貿易商社でイギリスの国策会社でもあるジャーディン・マセソン商会に入社している。
 そのジャーディン・マセソン社の遠い昔は、世界をまたにかけて船や港や豪族を襲って金銀財宝などを奪って財を成したイギリスが誇る海賊だった。イギリス本国にはジャーディン・マセソン社の前身である東インド会社が世界中から集めた貴重な品々を一堂に集めた博物館とやらがあるらしい。
 その中には著名な戦国武将の甲冑や刀剣をはじめ、つい近くまで活躍していた歌麿らの浮世絵までがたくさん飾られている、とグラバーが得意げに太兵衛に語っている。しかも、グラバーもまたジャーディン・マセソン社で右に出るもののない国際的な遠国御用で、その与えられた使命の中には、幕府を倒して自由な貿易で利益を増大させることも入っているのが読み取れる。お互いに体質が同じだから、しばし睨み合っただけで素性を読み取っているのだが、そのことには一切触れずに腹の読み合いで均衡を保つことができるのも同質の原理が働くからだ。
 グラバー商会の設立当初は、おとなしく日本名産の生糸や緑茶を輸出することだけだったが、日本の政治が変革期を迎えたとみて、直ちに武器の売買を計画し、アメリカ合衆国の独立戦争終結で不要になった小銃や大砲、爆薬や弾丸などを買い漁り、取りあえずは倒幕という同じ目的を持つ薩摩や長州、土佐までを視野に入れて武器・弾薬を売りまくった。そこで坂本龍馬率いる亀山社中とも取引が始まったのだ。
 グラバーは、日本の近代化に必要とみて、薩摩藩や長州藩の優秀な若者をイギリス留学に斡旋し渡航させている。それからみれば、亀山社中の近藤長次郎をイギリスに渡らせることなど、さしたることではない。
 昨年の慶応元年(一八六五)には、この長崎の大浦海岸にレールとか呼ばれる無限に続く角ばった細長い鉄の上を、日本で初めてという蒸気機関車のアイアン・デューク号を走らせたのもグラバーだった。グラバーが日本の近代化に貢献しているのは間違いない。グラバーが残したその功績は太兵衛も認めている。



5、 ある儀式


添付ファイル: filekaiundou.jp_ryoma_041.jpg [詳細]

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