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先生方の作品集
ブナの森


エッセイ

五能線の車窓

作 桐山健一

 「ただ今電車は陸奥赤石駅を通過します」
僕は夢からさめる。時計は五時三十分を指している。西に傾いた真っ赤な太陽は日本海の水平線に虹の光の道を敷く。カモメが一羽眩しい光の中を飛んでいる。防風林が光の道に導く。半島から光の道が海岸に向って燃えている。海の神々が光の道を渡っているような車窓に心は釘付けになる。五時四十五分小さなトンネルを抜けると緑の田畑が広がり家屋が海を遮る。夕陽の中に少しずつ少しずつ闇が漂う。千畳敷駅で対向車を待つ。大小様々な奇岩が光の道に漂う。光は力を失い夕靄が淡い光の道の中に霞む。奇岩に小さな光のさざ波がまとわりつき、車窓の中に消えてゆく。光の沈む時空を体感したと思ったが、トンネルを抜けると太陽は真っ正面に位置し、再び青春の真っ赤な光の道を開く。幾つも小さなトンネルを抜け、家々の軒先を過ぎる。
少し長いトンネルを抜けると僅かな時、右上に光の道を見る。車窓に添って光の道は動いている。再び正面に太陽がくる。真っ赤な光の道は海岸に伸び岸の手前で神秘な赤い丸い太陽が生みに映る。やがて光の道が忍び寄り、薄いオレンジに変わる。

 僕の心は、この時空で車窓の神秘な変化に対応できず、太陽と海の神々に心をゆだねる。六時トンネルを抜けると広戸駅に差し掛かる。太陽は後数十センチで水平線に沈むだろう。小さなトンネルを抜けると光の道は僕の後ろに後退する。電車が蛇行すると光の道は、僕の正面に追ってくる。追いつ追われつの光の道、僕は青春時代を想う。恋人が恋人であり続ける心の激しい情緒の葛藤に似通っている。太陽が水平線に向かいはじめる。
「写真を撮るスポット地点と言われる行合崎海岸です。スピードが落ちますのでゆっくり観賞して下さい」深浦駅は岩モズク漁で有名である。この地にはかつて太宰治も立ち寄ったという。

 江戸時代には北前船の風待ち湊として栄えた。僕がこのことを知ったのは、数年前酒田を旅して最上川が日本海に流れるかつての酒田港を訪れた時、江戸時代に庄内米を貯蔵した蔵が史料館になっていた。そこに深浦湊のことが書かれていた。交通機関が北前船しかなかった時、この夕陽を見ながらこの地の人々は何を想ったのだろうか。

 電車はトンネルに入った。トンネルを抜けると海と車窓の間に小さな森と緑の田園がある。その向こうに少し色あせた赤い道が海岸に向って伸びている。電車と光の道の駆けっこはもう一時間近く続いている。車窓は海の側に近付く、太陽は水平線の真上で真っ赤に燃えている。空はイワシ雲の絹雲を真っ赤に彩り、古の神々の宿る神秘な風景になる。
木の葉は静止し海は凪であるのに、前方に一つの風景が回っている。光の道は車窓の右後方に移動する。真っ赤な太陽が、今水平線に沈もうとしている。赤い道が消えた時、電車は十二湖駅到着する。黄昏た人のいない駅を静かに発車する。銀河鉄道の乗客ジョバンニになったような心地になる。黄昏た畑に一人の男がこちらを見ている。光の道に消えた海は、淡い光が空と海の境界線を仕切っている。少しずつ少しずつ黒く彩られていく海、車窓が漆黒の世界になる。銀河鉄道の汽車のように車窓の彼方に赤い星が見える。


ショパンの森の国


XOOPS Cube PROJECT