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先生方の作品集

郷愁の尾道

作 桐山健一

汽 車

     木の席の温かさが
     線路のつなぎめを伝える
     窓をよぎる鮮やかな森や山は
     どこまでも続く

     「尾道 尾道」
     ホームに立つと
     軒先がひしめき合った先に
     青い海がキラメク

     あちらこちらで体を伸ばしている人
     蛇口で顔を洗っている人
     「尾道名物 鯛弁当はいかがですか」
     夕陽が海を真紅に彩っていく
     神秘な海に消えていく白い船

     夕凪の潮風が頬をよぎる
     黄昏の空に大小の煙の輪が消えていく
     言葉があふれる車内

     光が闇に吸い込まれ
     明かりが少しずつ消えていく
     鯛弁当を広げる
     磯の香りが車内にみちる

     窓に映る人々の顔
     何人もの出会いと別れ
     今日は宮崎に帰る
     僕と同い年の雄一君と会う

     汽車の旅は夜が淋しい

     眠れない僕は一人とり残され
     優しい音の中で東の空が明けるのを待つ

     明ける光も見ないで
     透明な未知の駅を走り抜ける



 この詩は40年前、長崎にいる友人に会うため旅をした時に生まれた。僕はこの歳まで尾道の情景を見る度に、心に郷愁を覚える。

 僕は2010年3月30日、貴重な時を得て朝早く京都から駅から各駅停車で尾道まで旅に立つ。僕は車窓を見ながら「年をとってからのロマンチックは手がつけられない。本気なんだ。ロマンチックな考え方を実行に移してしまう」(『星と祭』井上靖著)を想い出し一人笑ってしまった。僕が相席に目を移すと、浮世絵に出てくるような細面の女の子を見る。彼女は携帯を片手にしきりに車内を見ている。背の高い青年がドアを開けて来る。彼女の顔に笑みが漏れる。彼は彼女のバックから旅の本を受け取るとドアの所で読み始める。大阪駅で人が降りる。僕の横の席が空く。僕は彼女と席を代わり二人が座れるようにする。

 ヒロミとユウヒコと名乗る彼らは名古屋大学で建築と機会を専攻する学生である。
『青春18切符』で広島まで旅をする。彼らは朝五時に家を出たので眠いという。それでも睦まじく笑顔で語り合っている。
二十歳になった彼らは二人で旅するのは初めてだと言う。僕は何のかれんみも無い会話に
いつの間にか引き込まれていた。彼らは三泊四日の旅をするという。ヒロミは『広島』という旅行案内書を僕に手渡した。
 『広島』は表紙から中身まで派手な写真とイラストでつづられている。読む箇所はほとんどない。内容の大半は食べ物の写真である。お好み焼きやお菓子、脂ぎった焼肉の料理が並んだ後に、牡蠣料理が紹介されている。僕はかつて広島で食べた美味しい牡蠣を思い出し、彼らに推薦する。原爆ドーム、美術館、博物館等々が市の図の中に並んでいる。
僕は昔旅した時、市内から市電で宇品まで車窓を見て、心が躍動したことを想い出した。『広島』には市電のことは記されていなかったので、是非市電の旅をするべきだと推薦した。

 話しがとぎれ、僕は車窓に目を移した。眩しい光に映えて、所々に咲き始めた山桜のピンクが輝いている。相席を見る。瞼を閉じたまだ幼さを秘めたヒロミは、ユウヒコの腕にしなだれかかり眠っている。
ユウヒコは本を手に持ったまま座席にもたれ眠っている。僕はこの二人にまだ子供の心が宿ってる、神秘な青春を呼び起こした。僕も目を閉じ、四十年の時空を超え僕の青春に帰っている。
「お疲れですか?」
僕は青春の遠くから聞こえる声に目を開ける。
「いや!君達の仲のいい眠る姿を見て、つい僕も四十年前の青春に帰っていた」
「四十年て僕らにとっては古(いにしえ)ですよ。おじさんの頃はどんなだったんですか?」
「おじさんか、まあ!おじいさんと呼ばれるよりはいいか」
「すいません、Kさんと言うべきでした」
「いいよ、僕は四十年前この線路をロコモーションで旅したことがある」
「大学で親しかった友達が長崎に就職した。僕は夏休みに彼を尋ねる旅をした。東京から寝台急行で四日位かかったと思う」
「長い旅ですね!」
「あの頃は特急と急行があって旅費を節約するため急行を利用した。特急待ち合わせで多くの途中の駅で待ち合わせた」
「退屈しなかったですか?」
「今思うと、僕の心の中では退屈した想いはなかった。ただ、夜一人起きてトイレに行く時などひどく寂しい気持ちになった。床に入ってから暫く眠れない時“ポー”という汽笛を聴くとむしょうに淋しくなってポロリと涙を流したこともあった。あの時の気持ちは今でも分からない」
「四日もよく我慢できましたね!」
汽車の一日は波乱にとんでいたな! 朝どこかの駅に着くと、慌ただしく窓を開けて弁当とお茶を買う。長い時間止まる時はホームで煤煙で汚れた顔を洗う。夜中に特急待ちの時は改札を出て屋台で蕎麦を食べる。一日があっと思う間にすぎる。その間、途中から乗って来た人と次元をたがう話をする。当時は年配者がよく声をかけてくれた。日々ドラマがあったね!」
「今日ローカル線で尾道に行かれるのも、その時の思い出ですか?」
「四十年前、僕は夕日が沈む尾道駅のホームに降りて、蛇口で顔を洗っていた。その時観た尾道の景色は今でも心の壁画になっている。いつかもう一度と思っていた。二年前暇を見つけ汽車できた。姫路をすぎると突然天気が崩れ大雨が降り出した。相生で接続汽車が動かなくなり、引き返した。今回はやっと四十年振りの念願がかなったということだ」
「ロマンチックですね!」
「歳をとってからのロマンチックは手がつけられない、・・・というがね」
「Kさんが汽車というのもロマンチックだ!」

 彼らと六時間の付き合いは、アッというまにすぎた。僕は尾道駅に降りて電車を見送る。ヒロミは電車からホームが見えなくなるまで手を振っている。僕が尾道駅付近にいるのはわずか一時間半、駅の観光案内所で尋ねる。尾道港を観て。石段の上にそびえる尾道城を観れば返りの時間になる。僕は港に出た。岸壁には沢山の船が係留されている。どの船も今は休んでいる。沖合いから一艘の白い船が白波を立ててくる。僕は城に向かおうと振り返ると、一人の老人がこちらに来る。城までの経路を尋ねる。彼は駅から渡った道路をもとに戻り線路脇の道を北に向かい、最初の歩道橋を渡り左に向って歩けばよいという。ケーブルカーもあるが、僕の足なら大丈夫だろうという。僕は礼を言って歩き信号の変わるのを待っている。誰かが肩を叩く、振り返ると先程の人である。彼は僕の急いでいる様子を知り、商店街から上がる陸橋の近道を教えるためにきた。彼の後について商店街の陸橋まできた。彼は丁寧に、陸橋を上がり左の道を上に上がることを教えてくれる。僕は感謝してバックの中のエッセイと詩を二編あげる。新聞に書かれた僕の年齢をを見て、僕と同い年だという。彼は1941年生まれのTさんである。僕はかつて船に乗っていたという彼の逞しい手と握手して別れる。

 今は時との戦争、僕はとにかく一生懸命石畳を登った。頭上に二部咲きのソメイヨシノが見えた。高台に登りきると、僕は岩に腰掛け息を弾ませながら下界を見る。青空にピンクの桜が揺らいでいる。その下に尾道港がキラメイている。僕は息が静まるまでそこにいる。静寂の大気に船の音だけが響く。心に詩(ことば)が降りてくる。

尾道城のソメイヨシノ

     勾配の急な石畳を上がる
     息が切れる
     二部咲きの桜の合間に
     尾道城が見える

     海からの潮風は
     ソメイヨシノを踊らせる
     眩いキラメキは
     城と桜を絵にする

     華やぐ心に
     船の汽笛が響く
     僕の心身は
     いまだ春を呼ぶ暖かさにとどかない

     たどり着いた高台
     ソメイヨシノは
     城と港をピンクのフレームで彩る

     船の音は
     郷愁の春を
     僕の心に響かせる



 僕は息が正常になり心が落ち着くと歩き出す。下りは楽だろうと思っていたが足が笑い、妙にふらつく。僕は注意深く誰もいない下り道を歩く。岩の合間から見える景色は、先日NHKの番組で放送していた風景と全く同じだった。尾道駅に着くと二十分のゆとりがあった。僕が改札口で次の電車を確認していると、
「お疲れ様でした」と笑顔で話す八重歯のきれいな若い駅員に会う。彼女はエリさんと言って入社二年目だという。エリさんと話していると、この明るい駅にピッタリ調和している。

 電車が尾道駅を離れる。僕は一つ心の重荷を下ろしたような心地よい揺れを感じる。

(完)


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