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先生方の作品集

  これでも産めってか 

               村山 恵美子

 「出産費用を無料にすることも検討しています」テレビのニュースには、どうこれ名案でしょという口調で胸を張って喋る女性の大臣が映っていた。少子化対策としての政府の案らしい。じっと聞いているうちに、スポ根アニメに登場する名物おやじのように、「ざけんじゃない」と、ちゃぶ台ひっくり返してやりたい気がしてくる。永田町というところの先生たちは、本当にこんなことで世の女性たちが沢山子どもを産むと思っているのだろうか。冷静に現状に目を向けているのかしら。真面目に危機感なんて感じてるの?

 私が住むところは、北海道の中でもかなり北の地域だ。あらゆる政策が決められる首都東京から見れば、あってもなくてもどうでもいい北極かアラスカのように、「ふーん。人住んでたのかい」そう思われているのかもしれない。実際、「北海道の実情にまるで合っていないじゃないか」ろくに政治などわからない私ですら呆れかえる政策もいろいろ打ち出されるけれど、国民なのだから仕方ないかとあきらめもする。私が都会のことがわからないのと同じで、都会の人がそれ以外の地域を理解するのは難しいことだろう。だが、子どもを産むということだけは、地域や民族、貧困や富、未婚とか既婚とかまったく関係なく、全女性が等しく安心して得ることができる喜びのはずだ。

 ところがどうしたことだ。今、その等しいはずの喜びが田舎では大変危うい。産婦人科医がいない、小児科医がいない、産婆さんもいない。「そんなばかな。病院なんてそこらじゅうにあるじゃない」都会の人には信じてもらえないだろうが、ウソじゃない。都市部を離れると、病院はあっても産婦人科と小児科のない病院がかなりの数に上る。元はあったのにどんどん減っている。お産は病気じゃないのだから家族でお湯沸かしてなんとかしろということだろうか。それとも自分のことは自分で、動物はみんな自力で産み落とすのだからできないことないでしょ。そういうことか? はたまた、そんなところに住んでいるお前らが悪いってことかな。それでも子ども増やせ増やせって、こんな異常事態なのにそんなの無理だよ。

 産婦人科医が地元にいないとわかっていても女性は妊娠してしまう。さーて、どうするか。産める病院はどこだろうと探す。一番近い病院に決めるのだが、この広大な北海道だ、一番近いといっても車で2時間3時間などザラにある。離島に暮らす女性など船に乗ってとなるのだ。定期検診は一日がかりだし、お腹が大きくなれば長時間の車の運転もままならなくなる。冬は吹雪の心配もしなくてはならず、産気づいてからはたして間に合うのかという大問題も待ち受ける。

 機能的には何も問題がないのに、自らの意思で産まない選択をする女性たちを産みたい気にさせるにはどうしたらいいのか。確かに重要課題だろうが、産みたいのに安心して産めない現実を突き付けられている女性のことも考えてほしい。こっちもほったらかしていたなら、産む意思を充分持っている女性たちもどんどん産まなくなってしまうじゃないか。産みたくない女性をどうするか以前に、産みたいのに近くに受け皿のない地域の女性をどうにかしてほしいと切実に思う。近い場所に産婦人科を増やしてほしい。何時間も車で走って町をいくつも通過しないと産める場所がないなど尋常ではないことをわかってほしい。

 その何時間も車を走らせた先にある、地域の中核都市が、「お産の町としてその名を広めようではないか」産みたい人みんなここに集めよう。そういったプロジェクトのようなものを考え出したと地元の新聞に書かれていた。一カ所に集めて産ませる? なんだこれ。ケージに詰め込まれ、画一のシステムでぽこぽこ卵を産まされる養鶏所のニワトリを連想してしまい、なんだかぞっとした。女はマシーンでもなければ、出産はただの人間生産場ではないはず。だれが考え出したのか、一つの大きな都市だけが体勢を整えて、さあいらっしゃいとなっても嬉しくない。そんなのだれも望んでないよ。

 すべて順調に妊娠出産を終える女性ばかりではない。妊娠中になんらかの問題が起こる場合もあるだろう。それも突然夜中だったりしたら、かかりつけの病院がはるか遠いなど大変なことだ。出産を終え家に戻って、赤ん坊の様子がおかしいとなっても、小児科も遠いのでは、いったいどうしたらいいのだろう。遠くの親類より近くの他人という言葉のごとく、近隣市町村に産婦人科医と小児科医がいてくいれないことには、病気知らずのサイボーグのような頑強な母子でない限り、不安だらけの妊娠出産子育てになってしまう。この困っている母子たちの叫びを無視して、それでも産めと言うの?

 現在、この国を率いるトップの方は、「人生いろいろ」とか、「格差が出るのは仕方がない」とか発言されておられるのを聞くのだが、地方に医師が少ないのもいろいろの一つで、ま、いなきゃいないでその格差もまた仕方ないでしょということなのか。悲しい。そんなことでかたづけてもらっちゃたまらない。安心して命の誕生を喜べる環境がまずは整備されないことには、「もうこりごりだ」一人産んだ時点で、「次はどうしよう」考えてしまうだろう。

 女性の社会進出による結婚年齢の高齢化、初産の高齢化、経済的負担、仕事を続けられない、女性にのしかかる家事育児負担……少子化の原因はこれじゃないのと、よく言われることだけでもこんなにある。
だが、これらすべての中に、産む場所が近場にちゃんとあってほしいなどという話はカケラも出てこない。少子化問題の原因はこれで、くい止めるためにはこうあるべきと数々理論立てて述べられる意見は、全部都市部から発せられている。田舎と呼ばれる地方の実態は残念なことに問題視されないのが現実だ。

 医療の水準は日々進歩を遂げているのだろう。私が子どものころは不治の病と言われていたガンも、今では治療方法もたくさん増えて生存率も格段に上がった。お腹に穴を開け、大きくメスで切らずとも施せる手術の話などを聞くと、ただただその進歩に感動してしまう。たゆまぬ努力がそれを成し遂げているのだろうと考えたとき、多くの命が救われなんと素晴らしいことだと思う。

 しかし、その命がどんどん産まれなくなっている。どうしたら産婦人科や小児科の医師を増やせるのか、そして都市部からはなれた地域に勤務してもらえるのか、医療にド素人の私には正直なところわからない。私が出産した20年前ころはこんなに深刻ではなかった。どうしてこんなことになってしまったのか。今こうしている間にも、陣痛が始まり遠い病院への道をひた走っている女性がいるのかもしれないと思うと、それがもし自分の愛する娘だったならと考えたなら、それでも「もっと産みなさい」など私にはとても言えない。
 


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