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先生方の作品集

芸術の秋を訪ねて札幌へ

                村山 恵美子

 田舎暮らしは自由きままでいいのだが、たまには都会の刺激が欲しくなる。札幌で開催されるグレンミラーオーケストラのコンサートチケットを買った。特急列車で2時間半、地下鉄に乗り換え最寄り駅で下車、晩秋の冷たい小雨が降る道を歩く。銀杏の落ち葉が会場への道を黄色く染めていた。古くから親しまれている名曲を堪能したい中高年で会場はほぼ満席だった。
 
スイングジャズの生演奏に魅了され時間はあっという間に過ぎる。ムーンライトセレナーデ、セントルイスブルース、ダニー・ボーイなどなど耳に馴染んだ名曲の数々が演奏され予定されたプログラムが終わった。アンコールの拍手に再度指揮者が現れ、大きな花束を受け取り一層盛大な拍手が沸く。
 すると指揮者の彼は、受け取った花束から数本を抜き取りステージから客席へ下りた。おおと客席から歓声が上がる。なるほど、前の方の客にそれを渡す趣向か。いいなあ、やっぱりあのお値段の高いSS席に座らないことには、こういった恩恵はないのよね。私は遠くから妬ましい気持ちでそれを見ていた。やっと取れた私の席はステージの後方二階、ボーカリストの顔もよく見えない席だった。
 ステージ前の最も良い場所である数百席はホール会員様ご優待席という場所で、一般客には販売されない。年会費を支払っている方々だけが買える席だ。着飾ったいかにも裕福そうな熟年夫婦などが目立つエリアである。
 ところが、そんな方々には目もくれず、彼はどんどん走った。SS席をほぼ一周どこへ行くつもりだろう。あ…、駆け寄ったのは身障者席だった。ストレッチャーに横たわる男性の胸元に白いバラを置き、それから介助者の女性にも一本、車椅子の二人に、そして酸素吸入器をつけ母親の胸に抱かれた少年に。
 アンコール曲イン・ザ・ムードは軽快で大好きな曲なのに、手拍子をしながら涙が落ちる。寝たままの男性はおそらく手足が動かないのだろう、連れの女性が胸の上の花を頬の近くに置いてやり、耳のそばで、「よかったね」とでも言っていたのかそっと話しかけている様子が見て取れた。一瞬の事故で四肢完全麻痺となり天国へ旅立った義父の姿がふっと甦った。歌でも聞かせてあげればよかったな。
 
様々な人生を歩む様々な人々が同じ時を共有するコンサート。心に栄養を得て会場を後にし人々は日常へと帰っていく。
明日から多少なりともやわらかい心で暮らせそうな、そんな気がした帰り道、雨に洗われた空気は一段と冷えていた。頭の中にセレナーデの優しいメロディーが浮かぶ。花をもらった彼らは今頃どの曲を思い出しているのだろう。


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