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先生方の作品集

大島紬 

             村山 恵美子 

 「聞いてよ。500円だよ500円」
と友人が嘆いていた。母親が亡くなり遺品を整理してみると箪笥に着物がたくさんあり、欲しいという者が誰もおらずリサイクル店に持ち込んだところ、なんと着物5枚全部でたった500円だったそうだ。
これを聞きしばらくぶりに和箪笥を開けてみた。最後に着物を着たのはいつだったか。…それも思い出せない。手を突っ込んで大島のコートを引っ張り出してみた。シュルシュルと紬独特の衣擦れの音、そして香り。いい香りだ。羽織ってみる。シミ一つない。それもそのはず一度も着ていないのだ。しつけ糸もはずしてもらえず30年間寝かされていたコートが、「やっと出してくれたんだね」と言っているようだった。

着物は、嫁入りのとき全部母が買ってくれたものだ。土方仕事で早朝から働いた母の稼ぎが私の着物になった。だから、母が生きているうちはこのままにしておこうと思っていたのだが、考えてみたら、誰が先に逝くのかなど分からないではないか。少しずつ片付けるべきだと決心した。
未練があっても洋服だと丸めて捨てられる。家具家電も壊れたならすぐに処分して買うことができるし新旧交代がむしろ嬉しい。新品の冷蔵庫が届く日は朝からとても待ち遠しい。掃除機など箱から出してとにかくすぐに動かさずにはいられない。「すごいすごい」とその性能に目を見張り喜ぶ。
でもなぜか、着物だけは心が痛む。色も柄も若すぎて着られやしないのに、そっくりそのまま不燃ごみに出すなんて、とんでもない罰当たりのように感じてしまうのは私だけだろうか。

使ってこそ物の値がある。どれほど高価だったとしても着ない衣類では意味がない。それこそゴミだ。よし、ここらで一念発起、洋服に作り変えてみよう。
こつこつとほどき始めた。糸を切ってほどく行為にもためらいがないわけではない。呉服屋さんの畳に流れる反物の川。姿見の前に立つ私。「よくお似合いですよ」の声。微笑みながらも寂しそうな母の顔。そんなあの日が浮かび、本当にいいのだろうかと逡巡しては手が止まる。しかし、始めないことには始まらない。捨てるわけじゃない逆に活躍させるのだからと思いなおす。出来たらそれを颯爽と着て母のところに遊びに行こう。そして見せびらかす。
「どうこれ。あの大島だよ」
「へえ、そうかい。いいね」
そう言ってもらえるような逸品を作ろう。新しい命を与えてやろう。そうすればきっと、着物に鋏を入れたことを母も悲しまないだろう。と思うから。


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