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任務

太平洋年代記

第一章 日本国

4、江戸

 山門の前には海が広がっていた。朝日にキラキラと波が光り潮風が頬を撫でる。
江戸はこちらの方角です」
 中村が北の方向を指した。街道に出るには坂を下って行かなければならない。途中には畑があり、百姓達が鍬をふるっていた。どこかで鶏の声がする。のどかな景色だ。
「こう言う農村の雰囲気は世界のどこも似ているものだな」
 ジェームスが頷きながら畑の向こうを見ると、娘が手を振っている。今朝、見かけた娘だ。
「おお、千代殿」
 中村が大きな声で応じた。
「チヨ…と言うのか」ジェームスは呟いた。
「お千代殿、ちょっと江戸まで行ってまいる」
 中村が叫んだ。
「中村の知り合いか…しかし、恋仲と決まったわけではない」
「サヨナラ!」
 ジェームスは日本語で叫び手を振った。
 街道に出ると急に人の往来が激しくなった。荷物を背負った男達や馬を引いているものもいる。身なりは貧しいがジェームス達一行を見るとみんな道を空ける。やはりサムライと町人の身分の差は歴然とあるようだ。もちろん、サムライは武器を持っているのだから、恐れるのは当然だが…。
 江戸のタカナワまで徒歩で7時間と聞いている。途中で休むだろうから、八時間はかかるだろう。当然、向こうで一泊する事になる。グラント商会の二階に宿泊できる事になっているが、ジェームスは隙を見て抜け出すつもりでいる。やはりその街を知るには夜の世界を知らなければならない。ハクにはまだ言っていないが、言えば必ず一緒に来るだろう。
「いざとなればコレがある」
 ジェームスは懐の銃を握りしめた。
 十月の初めとは言え、まだ暑い。二時間も歩き続けると汗が流れ、皆の足取りが鈍くなって来た。
「あの茶屋でひと休みしようではないか」
 中村が指差した。
 赤いのれんがかかっているその店は何とも魅力的な佇まいだった。
 店の前にはベンチが並んでいて皆そこに腰掛けた。前掛けをした娘に中村が何かを注文し十分ほどするとカップとポットのセットが運ばれて来た。
 安藤が立ち上がって、慣れた手つきでカップを並べ茶を注いだ。
「どうぞ!」
 中村がカップを手渡してくれた。
 香りの良いお茶だ。中国のものとも違う。もちろん紅茶とも違う爽やかな香りだった。
「ズズーっ」
 中村は茶をすするとジェームスを見てカップを捧げて言った。
「グリーンティー」
 確かにその茶は澄んだ緑色をしていた。ジェームスも一口すすった。苦いが爽やかな風味だ。
「うまい!」
 空を見上げた。異国の茶屋で緑色の茶を飲んでいる自分が何だか信じられない。一年前には想像もできない事だった。
「ここは平和だ!」
 ジェームスは改めて思った。確かに支配者同士の争いはある。しかし、この国の人々が自分の祖国のように真っ二つに割れて血で血を洗う争いをするとは思えなかった。
「日本人は温厚だ」
 これはこの国に来て確信を持って言える。彼らは生来争いを好まない民族なのだ。
「バージニアで、ものすごい戦いがあったそうだ」
 船員から昨日聞いたばかりだった。ジェームスは奴隷制度には反対だった。いや、奴隷制度と言うよりも人間が肌の色や文化の違いによって差別される事があってはならないと強く思っていた。自分や母が受けた差別の記憶がジェームスの心に深い傷を残していた。
「さあ、団子が来たぞ!」
 嬉しそうに安藤が叫ぶ声でジェームスは我に返った。
「こら、安藤!お客様が先だぞ!」
 中村にたしなめられ安藤は仕方なく木の葉に乗ったボールのような食べ物を差し出した。
「どうぞ」
 見ると三個の白いボールに串が刺さっており、紫色のソースのようなものがかかっ早速ひと口頬張った。
「甘い!」
 何とも強烈な甘さだ。思わず茶を飲む…と、どうだろう、茶の苦味が何とも絶妙に感じられた。
また、団子を頬張る。茶を飲む。
「あははは、ジェームス殿は団子が気に入ったと見えるな」
 中村と安藤が笑っている。
横を見るとハクも夢中で食べている。
「ダンゴか。うまい食い物だ」
 さかんに頷いている。
「パイナップルの次にうまいな」
 きっと故郷を思い出しているのだろう。
「さて、それでは参ろうか!」
 中村が立ち上がった。あと五時間後には江戸に着くのだ。


高輪


XOOPS Cube PROJECT