梅一輪

1月16日
煙立つ もう二十年 冬神戸
河彦
阪神・淡路大震災発生の日、最初に驚いた情景は、街に煙が立ち上がるテレビの映像だった。浦和支局長という立場で、傍観者的だったが、若い記者たちは志願して現場に向かった。あの日、西宮のマンションで地震に遭遇し辛うじて助かった小田実さんも、いまはいない。

1月15日
梅一輪 大宰府からの 西の風
河彦
太宰府天満宮で飛び梅が例年より早く一輪だけ開花した、と朝のラジオのニュース。元日には雪をかぶっていた梅の木。東風吹かば、ではなく、西からの風を感じるが、まだ春には遠い。奈良のお水取りなど、春に向かう行事がこれからいろいろ。突発的大雪は御免。

1月14日
ビル眩し 反射光受け 暖まる
河彦
通勤途中、有楽町のビルに朝日が当たり反射光が眩しい。でも、日陰を少し暖かくしてくれるようで、嬉しい。自宅マンションは、朝の太陽には恵まれないが、リバーシティーの高層マンションから跳ね返る光がベランダあたりに届くことがある。気持ちだけでも暖かく。

1月13日
ブランドの コートに今朝も 守られて
河彦
決してブランド崇拝ではないが、寒い自転車通勤時に、バーバリーのコートに助けられている。同じブランドの2着のうち、日本でライセンス生産されたものより、英国製が暖かい。日本企業との契約は今年6月までだそうで、直営店などの数が増えるという。

1月12日
パリの街 反テロ叫び 冬のデモ
河彦
17人が犠牲になった惨劇。暴力に屈しないと、100万人とも200万人ともいわれるデモ行進。国連軍縮特別総会が開かれた1982年6月のニューヨーク。国連前からセントラル・パークまで延々と続いた反核100万人デモの記憶。一人一人は小さくても。

河彦の郷愁日本風景

年越しの 白梅が咲く 三連休
河彦
暮れに連れ合いが正月花を用意した時、蕾だった白梅が数日前からほころび始めた。元日に大宰府で見た飛び梅は雪に覆われ、二月にかけて花開くのだろうか。三連休は、車椅子の元社会部長の新年会と映画など。自宅で同人誌「人生八声」を追加印刷、今週製本完成。

銃乱射 セーヌも凍る ペンの危機
河彦
社会部デスクだった頃、夕刊作業中に、周りに見知らぬ男が3、4人。朝刊の記事に抗議に来て、誰にもとがめられずに4階の編集局まで来た。余りにも無防備だったが、新聞社はある程度、読者に開かれている必要も。パリの新聞社ではそんな甘さは通じなかった。

七草も 雑煮を食べる 我が家流
              河彦
朝食はまだ雑煮。そのうち、お餅二つを焼いて、朝の主食に。今月いっぱいは例年通りのつもり。子供の頃は、自宅で餅を搗いて、あんこをくるんで食べることが贅沢でもなく普通の風物詩だった気がする。そんな育ちだから、お餅が好きで、いろんな食べ方を楽しむ。

門前に 仕事始めの 人の群れ
河彦
新年の挨拶回りの後、早めに門前仲町の「笑福」へ。午後5時過ぎから、10人を超える団体客が暖簾をくぐろうとするが、店にはカウンター席の数人分しか空きがない。早めに切り上げて外に出てみると、富岡八幡宮や深川不動尊の初詣を終えた会社員らがぞろぞろと。

手に破魔矢 巴水の旅絵 巡る女(ひと)
河彦
大正、昭和の「郷愁の日本風景」を版画で表現した川瀬巴水の作品約200点(多分)が日本橋高島屋で展示されている。会場で見かけた情景。昨年正月の京都で詠んだ句と同工異曲。それはともかく、最後の作品になった「平泉金色堂」まで、情感を堪能。

千年の至宝

神なびて上野の山に春の鹿   16日
  上野公園・東京国立博物館で開催中の「春日大社千年の至宝」展。国宝や重要文化財の春日鹿曼荼羅を展示。会場内は汗ばむほどで春を思わせる。駆け足で一時間半ほど。居ながらにして奈良の都を味わった。

麁服(あらたえ)に思いをはせて訃報聞く   17日
 母校の同窓会・至誠会の木村悟前会長が八四歳で亡くなった。麁服は麻で織った布で、天皇即位の儀式に必須の品。今上天皇の大嘗祭後、余り布で「至誠無息」の校旗レプリカを作ったのが木村さん。故郷はかつて「麻植(おえ)郡」と呼ばれ、麻とは深い縁。

海光る少年の目は何を見る   21日
映画「海は燃えている」。イタリア最南端ランペドゥーサ島は年間五万人を超える難民の玄関口。一二歳の少年サムエルは松の小枝とゴムで作ったパチンコで小鳥を狙い、弱視矯正眼鏡をかけている。監督は島に 住み込み、日常と非日常の世界を見つめた。

息ひそめヨーロッパまで蜜柑船   21日  二一日
徳島の温州ミカンを、特殊なコンテナ船でヨーロッパ市場に運ぶ計画。船便だと五〇日程かかるが、コンテナに窒素を充満させミカンの呼吸を抑えて品質を保つ。航空便より大幅に費用が安い。柑橘類生産県の近未来図。

マイナンバー確定申告ぼちぼちと   23日
マイナンバーカードを使って初めての確定申告。パスワードを忘れ、再登録してパソコンに向かい、約二時間。国境なき医師団などへの寄付のせいか、還付金が戻る。

謹賀新年   高尾 義彦  

無償の愛とビールの泡につぶやいて

清水にキモノレンタル初詣

香梅と書初めの筆走らせて   三日

明けましておめでとうございます。
 今年も宜しくお願い申し上げます。
 
      高尾 義彦

巡礼にご報謝唱え冬の旅     一一日

安倍首相とトランプ米大統領の会談。思わず阿波人形浄瑠璃の言葉が浮かんだ。趣旨は全く違うが、恩恵を求めすり寄るような姿は、報謝を求める以上に、「朝貢外交」を思わせて。同盟優先より、民主主義の実現を、沖縄など国内で果たしてゆく努力を。

道化師のショコラの涙雪の後   一二日

映画「ショコラ~君がいて、僕がいる」を昨日、銀座で。二〇世紀初頭のフランスで黒人初の道化師として人気を博したが、歴史から消えたショコラ。コンビを組んだ白人道化師、フティットを演じたのはチャップリンの孫。今日は映画「スノーデン」。

菜の花や我が家のソファに二三片 一三日

房総から来た菜の花。花瓶から花びらが二三片、ソファの上に散っていた。今週の東京は、比較的、温かそう。このまま春になるとは思えないけれど、JR有楽町駅まで、本格的に自転車通勤を再開する。

【二〇一七年二月】
しなやかな言霊求め冬のデモ    一日
連発される米大統領令。移民を拒否し、自国の国益を追い求め、批判するメディアに態度を硬化させる。日本は戦後、米国から民主主義を学んできた。トランプ大統領に反発する米国内の声は、その民主主義がまだ生きている証拠と信じたい。

洞窟に生命(いのち)感じて温かく 二日
寒風の中、「ラスコー展」を国立科学博物館に見に行った。「クロマニヨン人が残した洞窟壁画」と題して、実物大の壁画(レプリカ)を展示。二万年前に制作されたと推定される壁画を少年が発見した偶然。

恵方巻北北西は我が恵方      四日
佃にある我がマンションは北北西向きで、陽当たりが悪い。地下鉄月島駅に近い割には静かで、足の便はよく、終の棲家として満足しているのだが。昨夜は人形町寿堂の豆。

チョコレート柚子の香りを包み込み 七日
ヴァレンタインを前に柚子をチョコでくるんだ一品を栄美子さんに貰った。仙台の居酒屋「源氏」の女将・髙橋雛子さんの筑前琵琶発表会が東京で開かれた機会に。叶匠壽庵の説明書きに「柚子の花言葉は恋のため息」と。

納豆と弥彦の米と蕗味噌と    一一日
年明けから納豆を食べ始めた。納豆に醤油、京都のもろみ、そして蕗味噌。体重が七〇㌔を超え未知の領域に。幸い、標準体重六三㌔当時のスーツはそのまま。

味噌汁に想いを寄せて・・・

トゥルースをメディアの冬に噛みしめる   二二日
「ポスト・トゥルース(真実)」という言葉が、米大統領選以来、メディアに対する信頼を揺るがしている。トランプ大統領の記者会見を見ても、自分の気に入らないメディアには答えず、一方的発信。メディアの正念場。

冥福を年の初めに逝きし人   二四日
三原浩良さんが二〇日亡くなった。元毎日新聞西部本社報道部長。退社後、葦書房、弦書房を経営。昨年、自伝的な「昭和の子」を出版。八〇年代に長崎支局長だった頃、現地で指導を受けた。大らかな人柄で酒も好きだった。中洲川端のМIWAにも。

みそ汁の椀に冬日が差し込んで  二五日
工場に週一回勤務の専門職の男性が豚汁風味噌汁を振舞った。日当たりのよい場所に陣取り、温かいお相伴。周囲に、喫茶店もない工場団地。チャイムとともに、午後の作業に。

梅描くしっかり筆を握りしめ   二七日
高校先輩の画家、今獅々貴美子さんから「梅」の小品が届いた。インキ原材料の取引先、ウメモトマテリアルの梅本隼三社長から、左手を描いた彼女の初期作品を所有、と聞き、連絡。「出会いに感無量。苦しさをこの手で乗り切ってみせると描いた作品」。

春隣りポストに託す人の縁    二七日
今獅々さんの詩画集「原風景」を梅本社長に送るため、大川工業団地のポストへ。今獅々さんへの葉書も。奇跡的な偶然の仲介役。

もろみ買う寒さゆるんで京の朝  二八日
京都御所に近い澤井醤油本店。子供の頃、温かいご飯に乗せて食べた。ある意味では貧しい食品だけど懐かしい。高校同窓会の近畿総会で京都に泊まって大阪へ。

 

雪は降る・・・


俳句&エッセイ

無償の愛をつぶやく

高尾 義彦

 

 

日脚伸ぶ寒気はいまだ去らずとも       十二日

夕方五時頃、会社を出る。まだ暗かった数日前に比べ、いまは同じ時間でも明るさが残っている。今日は帰り道、満月を見た。ちょっとした偶然に、反応し、感動できる喜び。

ヴィーナスに厚いコートを送ろうか      十五日

世界的な寒波襲来。友人二人と続ける連句で「ヴィーナスに紅いマントを着せかけて」。今日は寒を避けて終日、自宅で書道。明日の書道クラブ新年会に持参する作品「花香鳥聲」。

雪見酒筋肉痛をなだめつつ    十七日

列島各地の雪景色や除雪の光景を見て、数年前の大雪でマンション周辺の雪かきに汗を流したことを思い出した。スコップなどの用意がなく十分な除雪は出来なかったが、住人たちから「ご苦労さん」と声をかけられた。

雪が降るシャンソン少し口ずさむ        二〇日

雪は降る あなたは来ない……。東京に雪がちらついた朝、アダモのシャンソンを思い出した。原詞は一部しか覚えていないけれど、いつかカラオケでこの唄を。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紅ほっぺ年賀の酒のお礼にと   二一日

紅ほっぺは静岡で開発された大粒の苺。茶道のお師匠さんから連れ合いが貰ってきた。新年会に銘酒「加賀鳶」をお送りしたので、そのお礼にとの心遣い。贈り物が行ったり来たりでは切りがないが、有難く。

 

新春を詠むー2

新春を詠むー2.

新春を詠むー2

高尾 義彦

香梅と書初めの筆走らせて   三日
北野天満宮。主に子供たちを対象に書初めの場が設けられ、筆と半紙を買って飛び入り。菅原道真にならって、「香梅」の二字を即興で。書道クラブ新年会に向けて、宿題の手本を師匠の友野浅峰さんから貰って、一念発起。

年明けて変わらぬものも新しく   六日
四日は年始回り、五日は会社の新年会。今日から生産活動が本格化。風景は変わらないように見えるが、新しい決意を込めて。ジャーナリズムの反対語はマンネリズム。心して。

半跏思惟蠟梅の寺清らかに   七日
自宅近くに蠟梅の花。京都・広隆寺の宝物殿前にも蠟梅がほころんでいた。北野天満宮では紅梅白梅が蕾から花へ。優雅な弥勒菩薩像を生んだ文化を大切に。

初笑い文枝のその目笑わない    八日
桂文枝新春特撰落語会を有楽町の朝日ホールで。「天国へのメロディー」と「抜け雀」。さすがに芸歴五〇年。存分に笑ったが、三枝時代からの「新婚さんいらっしゃい」でも、その目は笑っていない。

 

雑煮椀七日過ぎても飽きもせず   九日
今月はずっと餅を食べる。雑煮が終われば、焼いて、黄な粉やくるみや砂糖醤油など。徳島で育った子供の頃は、餅をつく日が楽しみだった。餅にあんこをくるんで。

ーーーーーーーーーー

新春を詠むー1

 

高尾講師の挨拶および村長の一言は、上部の該当箇所をクリックしてください。

 

 

新春を詠むー1
【二〇一七年一月】

高尾 義彦

【二〇一七年一月】

六度目の酉年迎え竹伸びる     元日

年賀状に記した一句。今年も「ツィッター俳句・無償の愛」を元気に継続したいと願う。これから京都へ。のんびりと三日まで。

若水や空也が招く坂の道      三日

元日は六波羅蜜寺へ。若水は元日に初めて汲んだ水。梅干しと昆布で健康長寿を祝うお茶を味わう。連れ合いの知人はよくこの寺に来て空也上人の像に手を合わせていた。

清水にキモノレンタル初詣     三日

正月の京都で驚いたのは、レンタルキモノの看板。着付けしてもらったばかりの着物姿で清水の舞台に立つ若い女性たち。デザインも色もいかにも安っぽいが、外国人観光客も含め、これも古都の記念か。自撮り姿も。