79-左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)

 百人一首百彩-79

海野 弘

79-左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)
新古今集 崇徳院に百首たてまつりけるに

秋風に たな引(びく)雲の 絶えまより もれ出(いず)る月の 影のさやけさ
〔秋風にたなびく雲の切れ間から、もれてくる月の光がすがすがしい〕

秋風、雲、月の光と、まさにさわやかな取り合わせで構成されている。
これは、崇徳に百首を奉る、という「久安百首」の時の歌で、兼昌と一緒である。ただし「久安百首」では第二句が「ただよふ雲の」になっている。
左京大夫顕輔(あきすけ)は藤原顕輔(1090-1155)で、藤原顕季(あきすえ)の三男。顕季は歌道の家である六条家の祖である。顕輔は崇徳院の院宣を受け『詞花集』を撰んだ。
院政時代には、歌も歴史を持ち、歌論・歌学が盛んになり、歌道として受け継いでいく歌道の家があらわれる。和歌は学問として蓄積され受け継がれるものとなる。古歌の知識が必要となるのである。

歌道家として確立した六条家に対抗したのは御子左(みこひだり)家で、藤原俊成、定家があらわれて六条家を圧倒してゆく。
六条家は、柿本人麿を歌聖として崇拝する和歌の祭典をはじめた。
顕輔は、俊頼、基俊の時の歌壇の第一人者となった。

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