82-道因法師(どういんほうし)

百人一首百彩-82

海野 弘
82-道因法師(どういんほうし)

千載集 遺しらず

思ひわび さても命は 有ものを うきにたへぬは なみだなりけりこの画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 282d142d8a972177a87d49649d088aee.jpg です
〔恋に思い悩んでいても、なんとか命はまだ有るのだが、その悩みに耐えられないのは涙で、とめることができない〕

(うき)は憂き、だが、浮きも掛けられているかもしれない。涙は落ちるものなので、(浮き)に対比されている。
 道因法師は俗名藤原敦頼(1090-1182?)といった。九十歳以上まで生きたという。いろいろ滑稽なエピソードが残っている人で、歌人の長老として、あちこちに出入りしていたらしい。
また法師という、社会的な身分関係から自由な立場で、貴族の歌会から、貴族以外の地下階級の、庶民的歌会まで参加している。住吉社歌合(1170)、広田社歌合(1172)など神社の社頭で、一般の人々も参加できる催しを彼自身の勧進で開いた。
この歌は、一応、恋の歌とされているのだが、人生一般のこととして読むこともできる。この世のさまざまな悩みにもかかわらず、今日までなんとか生きてきた。しかし、命はなんとかこらえてはいるが、こらえきれずに流れ落ちてしまうのは涙である。
九十すぎまで歌に生きた道因は、院政のはじまりから平家の滅亡までの時代の大部分を見ていた。