85-俊恵法師(しゅんえほうし)

 百人一首百彩-85

海野 弘

85-俊恵法師(しゅんえほうし)
千載集 恋の歌とて詠める
夜もすがら 物思ふころは 明やらで 閏の隙さへ つれなかりけり
〔よもすがら、恋の思いに悩んでいるこの頃は、夜が長く、なかなか明けない。寝室のすき聞から朝の光を待っていても、入ってこない〕

おそらく、やって来ない人を待って、一晩中、眠れぬ長い夜を過ごしたのだろう。朝の光でさえなかなか閏のすき聞から入ってこない。これは作者が女性の気持になつて詠んだものである。
俊恵法師は生没不明。源俊頼の子。大納言経信の孫。王朝末期になると、歌人も三代目、四代目となり、互いに親族だったり、サロン・グループだったりして、つながりができてくる。
俊恵は奈良東大寺の僧となった。歌人として、六条家、御子左家に対する第三勢力として活動した。1156年ごろから京都白川の僧坊を「歌林苑」と称し、歌人のサロンを開いた。藤原清輔、鴨長明、また殷富門院大輔、讃岐などが集まった。身分にこだわらない自由なグループであったといわれる。
坊さんであることが、俊恵の場合でも、世間的な身分、性の区別から自由な立場を可能とさせたようだ。和歌の世界を貴族社会から一般の人々へ開くために、彼のグループはある役割を果たしたのではないだろうか。