87-寂遵法師(じゃくれんほうし)

百人一首百彩-87

海野 弘

87-寂遵法師(じゃくれんほうし)
新古今集 五十首歌たてまつりし時

村雨(むらさめ)の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぽる 秋の夕ぐれ
〔村雨がさっと降り過ぎていった。その霧がまだ乾いていない真木の葉の辺に霧が立ちのぼっている秋の夕暮である〕
 村雨は、秋から冬にかけて、ざっと強く降る雨。真木は、杉や槍など。
寂蓮法師(1139?-1202)は俗名藤原定長。このあたり、坊さんがつづくが、それだけ遁世者が多かったのだろう。父は藤原俊成の弟俊海で、歌人の血をひく家柄である。1201年、『新古今集』 の撰者になったが、まとめる前に没した。
出家して、京都嵯峨に住み、後徳大寺実定小侍従、西行などと交流があった。また、出雲から鎌倉まで、各地を遍歴している。やはり法師として、旅をしやすかったのだろう。
「五十首歌たてまつりし時」というのは、1201年、後鳥羽院によをる「老若五十首歌合」のことである。すでに時代は鎌倉時代に入っている。1205年、藤原定家が『新古今集』を撰んだ。寂蓮は撰者となりながら、それを果たすことなく没した。
この歌のように、寂蓮は、王朝和歌の秋の夕暮れを見た人であったかもしれない。その死を聞いた定家は、哀傷の思いに打たれたという。