88-皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)

 百人一首百彩-88

海野 弘

88-皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)
千載集 摂政、右大臣の時の家の歌合に、旅宿逢恋(りょしゅくあうこい)と言へる心を詠める

難波江(なにわえ)の あしのかりねの一夜ゆゑ みをつくしてや 戀わたるべき
〔難波の入江の産の刈根の一節のように、仮寝の一夜の短い逢瀬のために、身をつくしてずっと恋しつづけなければならないのでしょうか〕
<かりね>(刈根、仮寝)、<みをつくし>(浮標、身をつくし)などの掛けことばを結びつけたかなり技巧的な歌である。
「摂政、右大臣の時」というのは、九条兼実(かねざね)が右大臣だった時のことで、治承三年(1179)に歌合があった。
皇嘉門院別当は生没不明。源俊隆の娘。皇嘉門院は崇徳天皇皇后藤原聖子(きよこ)。聖子は関白忠通の娘で、九条兼実は異母弟であった。
作者は皇嘉門院に仕えた。右大臣兼実家歌合に参加した。俊忠、寂連、基俊、右府女房丹後などが一緒であった。
皇嘉門院に仕えた女房には歌人が多かった。出雲、近江などで、いずれも名前は伝わっていない。
その中でも別当は、歌人として才能があった。