94-参議雅経(さんぎまさつね)

百人一首百彩-94

海野 弘

94-参議雅経(さんぎまさつね)
新古今集 擣衣(とうい)のこころを

 みよし野の 山の秋風 さよふけて ふる里さむく 衣うつなり
〔吉野山の秋風が吹き、古都吉野は寒い夜がふけてゆくが、衣を打つ音がその寒さをさらに厳しく感じさせる〕

擣衣は、衣を打つこと、砧(きぬた)で、板の上で布を打って、やわらかくし、艶を出すのである。
吉野は天武天皇が即位する前に隠れていた地であり、その後、吉野離宮として、行幸があり、古都として知られていた。

参議雅経は飛鳥井雅経(あすかいまさつね。1170-1221)である。藤原頼経の子で、俊成に和歌を学んだ。『新古今和歌集』の撰者となった。鎌倉の大江広元の娘と結婚し、京都と鎌倉の仲介役でもあった。蹴鞠の名手で、後鳥羽院にかわいがられた。
後鳥羽院は建仁元年(1201)、二条殿に和歌所を復活し、後鳥羽院歌壇を形成するが、雅経もそこに参加した。
この歌は建仁二年(1202)、「詠百首和歌」として奉ったものの一つである。彼が歌人として認めるようになった時期の作品といえる。
鎌倉の三代将軍源実朝の歌を京都に取り次いだのも雅経であったろうといわれている。和歌の地方との交流、地方への普及に一つの役割を果たしたのであった。