98-従二位家隆(じゅうにいいえたか)

百人一首百彩-98

海野 弘

98-従二位家隆(じゅうにいいえたか)
新勅撰集 寛喜元年女御入内屏風(にょうごじゅだいびょうぷ)

風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける
〔風に楢の葉がそよいでいるならの小川の夕暮では、みそぎをしている人の姿だけが夏のしるしである。でなければもう秋のように涼しい風が吹いている〕

 楢の小川は京都の上賀茂神社の境内を流れる川で、六月祓(みなづきばらえ・六月末に川でみそぎをし、半年のけがれを清める)が行なわれる。
詞書にあるように、屏風に措かれた絵を見て詠んでいる。寛喜元年(1229)、後堀河天皇の女御として入内した藻壁門院(そうへきもんいん・関白藤原道家の娘のそんし)の犀風絵のために寄進された歌である。公経や定家など七人が詠み、家隆のこの歌が入選した。
従二位家隆は藤原家隆(1158-1237)で、父は正二位権中納言光隆。家隆は俊成の養子となり、定家が生まれると、寂蓮の養子となった。後鳥羽院にかわいがられ、定家、雅経等と『新古今集』の撰者となった。後鳥羽院が流されると、悲しんで出家した。
家隆は歌人として定家と並び称されたが、定家のように出世欲はなく、後鳥羽院に最後まで忠実であった。歌は平明で、さわやかであり、定家のように理屈っぼいところがなかった。