ポルトガルから北スペインへ-8

このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。

ポルトガルから北スペインへ-8

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

今回の旅行の最後の目的地はシントラ宮殿です。
リスボンから電車で約40分、ロカ岬と同じ方向にあります。
高さ33メートルの2本の煙突が目印の王室の夏の離宮です。
何かの雑誌でシントラ宮殿の美しい写真を見たことがあり、ポルトガルに行ったらぜひ行ってみたいと思っていました。
実はこの旅行のオプショナルツアーにこのシントラ宮殿の見学がありました。
しかしその費用が結構高かったので、娘が自力で行こうと言い出し、電車に乗って行きました。
その電車の旅もなんだかローカルで行き返りとも座ってのんびりしました。
駅を下りてからは、その宮殿の塔を目指しながら結構坂道を登って役20分ほど歩きたどり着きました。

おとぎ話から抜け出したような「ペナ宮殿」があり、その周辺は様々な緑豊かな庭園で囲まれていて、さすがに世界遺産になったと思いました。
イギリスの詩人バイロンが「エデンの園」と讃え、19世紀のポルトガル建築の傑作と言われています。
また宮殿の中も素晴らしく時間をかけて見学し、その写真を全部アップすることができないのは残念ですが、まるでアラビアンナイトの気分になれました。
お城までの山登りと宮殿の中の見学で喉もかわき、疲れたのでその周辺にあるカフェに入り、娘と二人でポルトガル最後の観光を終え地ビールで乾杯しました。
疲れた喉に冷たい美味しいポルトガルビールがとっても心地よかったです。

ポルトガルから北スペインへ-7

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ポルトガルから北スペインへ-7

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

いよいよ最終日となりました。
リスボン市内の観光です。
まず世界遺産のジェロニモ修道院に行きました。
次に「発見のモニュメント」にいきました。
ここには大航海時代の地図が地面に地図のタイルがはめ込められていました。
その当時の日本はこう描かれていたということがわかりました。
でも結構正しいですよね。びっくりです。だれがこの地図を書いてそれで航海をしていたのでしょうか?
その大航海時代の人物たちをこのモニュメントで表しています。
エンリケ航海王子が先頭にいます。彼は大航海時代の先駆的指導者で英雄です。
彼を筆頭に約30名の像が立ち並んでいます。
有名なところではヴァスコ・ダ・ガマ (インド航路発見者)、フェルナン・デ・マガリャンエス(フェルディナンド・マゼラン) などがみられます。マゼランは初めて世界一周を成し遂げた人です。
また最後の方にフランシスコ・ザビエルの像もあります。勿論、日本へ1549年にキリスト教を伝道した宣教師です。
1500年代の歴史を思い浮かべながら、次に移動しました。
皆さま、可愛い外国人の少年がきれいな景色をバックに「消臭リキット~~~♪」と歌うコマーシャルを聞いたことはありませんか?
リスボンの街中の高台にあるところで収録されたそうです。
私たちもそこをバックに歌ってみました。
さすがにコマーシャルの景色に選ばれただけの素敵なロケーションでした。
これでリスボン市内の半日観光は終了しました。

ポルトガルから北スペインへ-6

 このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。

ポルトガルから北スペインへ-6

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

旅行もそろそろ終盤になりました。
まず、オビドスという城壁に囲まれた中世の美しい「谷間の真珠」と呼ばれている町に行きました。城壁は13メートルあり、その上を歩くことができましたが柵も何もないのでちょっと怖かったです。でも景色はとてもすてきで町中にはたくさんの教会やカフェやレストランがありました。
そこを出発して今回の旅行の目的の一つであるヨーロッパ最西端のロカ岬に向いました。
その岬はかなりな崖の上で風が強く飛ばされそうでしたが、何とか見学をしました。
行ったという証明もしてもらいました。もちろん費用がかかりましたが記念ですから書いて頂きました。
昔、まだアンカレッジ経由でヨーロッパに行った時に北極点通過の証明書を頂いたことを思い出しました。
もう二度と行くことはないと思いますので、記念になりました。
夜はリスボンに入り、先日の美女二人組と一緒にファドを聞きに行きました。

ポルトガルといえばフランスのシャンソンのように「ファド」という国民に愛されている唄があります。
どちらかというと寂しい歌詞なのか、ポルトガル語がまったくわからないでしたが、そんな雰囲気の歌でした。
勿論ワインを飲みながらゆっくりと2時間くらい楽しみました。
リスボンという町は長崎に似ていて、石畳と細い坂道が多いです。
上にあがると海が見えるところも長崎に似ていました。
タクシーをホテルで呼んでもらいそのレストランまで行ったのですが、その急な細い坂道をすごいスピードで飛ばすので本当に怖かったです。
そのうえそのタクシードライバーが興に乗るとハンドルから手を放して、助手席や後部座席を見るので「お願いだから前を向いてハンドルを握って」と日本語でお願いいたしました。
帰りなどはもっと面白がってジェットコースターのような運転をするので、心臓に良くなかったですが、私たちが怖がるので、運転手さんは大喜びでした。
私は後ろの座席だったのですが、娘は助手席だったからどんなに怖かったかと恨まれました。
でもたっぷりワインを飲みながらファドを聞くことができて、ポルトガル旅行の目的を果たしました。

ポルトガルから北スペインへー6

 このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。

ポルトガルから北スペインへ-6

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

次の訪問地はナザレです。パレスチナのナザレと同じ名前ですが、言い伝えによれば4世紀にパレスチナのナザレから一人の聖職者が聖母マリア像を持ち込んだことにちなんで町の名がついたそうです。
ナザレは、絵のように美しい海辺の村として売り込み、人気の観光地となった。大西洋に面し、長い砂浜を持ち、夏期には観光客で混雑する(ポルトガルでも良質の砂浜とされる)そうですが、今回は冬でしたので、それほどの観光客はいませんでした。山の上からの眺めはさすがで、フランス映画「過去を持つ愛情」の舞台になった海岸線のとても美しい町でした。
またこの海岸の波は30メートルを超えることもあるそうで、サーファーの聖地だそうです。
確かに砂浜を歩いていると遠くに白波がたっていて、ドドーンと夜など怖いくらいな波音でした。
ここでの夕食は有名なイワシのお料理でした。

とっても和風で、添乗員さんがポン酢とお醤油と割りばしをもってきてくださいましたので、お箸でポン酢をかけてすっかり和食として頂きました。
大きくて太ったイワシは美味しかったので、三本完食しました。もちろん美味しくて安いポルトガルワインを飲みながらです。このツアーで仲良くなった美しい熟女2人と私たち母娘の4人で2本あけました。<(笑)>

ポルトガルから北スペインへ-5

 このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。

ポルトガルから北スペインへ-5

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

コインブラから今度はトマールというところに行きました。
そこにはキリスト教修道院(ポルトガル語でConvento de Cristo em Tomar)がありました。

まるで要塞のようなその建物は修道院というよりは、中世のお城のようでした。
12世紀にテンプル騎士団によって建設され、14世紀にテンプル騎士団に対して解散命令が出た後、ポルトガルに存在したテンプル騎士団は、キリスト騎士団へと改編され彼らが管轄することとなったそうです。キリスト騎士団は、大航海時代のポルトガルを支え、ポルトガル海上帝国の礎を築いたことで有名です。
このキリスト修道院は1983年に、ユネスコの世界遺産に登録されました。
内部を見学するととても機能的で無駄がない設計でありながら、それでいて美しい装飾がされている円堂などはここに来て良かったと思わせてくれるのに十分でした。
ポルトガルで世界遺産をたくさん見ましたが、ここも感動を与えてくれた素晴らしい遺産でした。

たくさん写真を撮りましたが、この二点を選んでみました。