師走の街の風景ー1

このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。


師走の街の風景-1

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

師走になりましたが、友人のジャズライブに行ってきました。
毎年この時期に20回も続いているというジャズオーケストラでした。

久しぶりの赤坂でしたが、赤坂の駅と合体しているBizタワーに素敵なクリスマスツリーがありました。
さすが赤坂という雰囲気のツリーで、多くの人がツリーをバックに写真を撮ったりして楽しんでいました。
街はどこでもクリスマス一色、恋人のいる人はプレゼントは何にしようか、とお悩みのことでしょう。
今年の冬は寒い日が続きますから、手袋かマフラー、しゃれでホカロン、案外喜ばれるかも知れません。

私は浦和に住んでいます。
浦和はサッカーの町として、誰もが昔むかしからRedsを応援しています。
先日、天皇杯を何年かぶりに勝ち取りました。当然ながらサポーターは狂喜乱舞、浦和はお祭り騒ぎです。
J1の試合で浦和のスタジアムでレッズが出場する日などは、市外県外から訪れるレッズのサポーターで町が溢れます。
そんな熱狂的なサッカーの街ですから駅前の広場には、毎年このレッズのクリマスの飾りがツリーの代わりにお目見えします。
これがまた素晴らしいからと、このクリスマスツリーを見に、沢山の観光客が浦和を訪れます。
この活況を維持するためには、レッズに勝ち続けて頂くのが一番、市民の熱はますますボリュームアップしています。

皇居前と東大安田講堂前のイチョウ

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皇居前と東大安田講堂前のイチョウ

宗像 信子

 秋晴れの11月末に東京駅に行きました。
たくさんの観光客がいたのですが、それは皇居乾門から皇居の中の紅葉狩りにいらした方たちでした。
もともと皇居には行くつもりがありませんでしたので、皇居前の広場まで行きまた戻りました。
東京駅から見るイチョウも素晴らしかったです。
帰りに丸ビルの中を通り抜けましたら、素敵なクリスマスツリーが飾ってありました。
吹き抜けのホールに2階までの高さのおおきな綺麗な白いツリーでした。
そのホールで午後からイベントがあるようで、スタッフがたくさん働いていました。

午後にイベントがあったので東大の安田講堂にいきました。
東大の正門を入ったらそこには安田講堂に向けて両側に燃えるような黄色のイチョウがびっしりとありました。
ここも紅葉の名所なのですね。
なかなか東大に行くなんてことはないので、ちっとも知りませんでした。
両側の東大の古色蒼然な建物ととてもマッチしていました。
明治時代からの日本の学問の府の雰囲気はとても素晴らしかったです。何だか行っただけで少しは知的レベルが上がったかななんて図々しく思ってしまいました。

奥日光から華厳の滝まで

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奥日光から華厳の滝までの旅.

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

湯の湖から中禅寺湖まで歩いたりバスに乗ったりで観光しました。
途中竜頭の滝で昼食をとり、中禅寺湖まで行きました。
途中の景色も素晴らしかったですが、今回初めて明智平ロープウェイに乗りました。
素晴らしい景色だったので、皆さまにご紹介いたします。
明智平からロープウェイで約3分。

日光で一番といわれる展望地点、明智平展望台。中禅寺湖・華厳の滝・男体山など雄大なスケールで見渡せます。
また東側には、切り立った断崖の連なる屏風岩や、はるかに続く山並みがご覧になれます。

私が行ったのは8月末でしたが、今行けば素晴らしい紅葉が見られることでしょう。

天狗のお山「迦葉山」

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天狗のお山「迦葉山」

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 過日、群馬県沼田市の奥山にある迦葉山(かしょうざん=日本三大天狗の一つ)に参拝してきました。
新幹線で上毛高原駅から車で30分くらいの所に位置します。
その縁起書によると
天狗のお山として知られる当山は、谷川連峰の東、沼田市より16キロに位置し、関東の霊域として名高い。春の新緑、夏は霊鳥「仏法僧」の声を聞き、秋には全山紅葉に染まり、冬は白雪に覆われる。
開創は嘉祥元年(848年)時の上野国の大守、桓武天皇の皇子葛原一品親王が比叡山三祖円仁慈覚大師を招き、国家繁栄、民主安泰の鎮守護国寺として開かれた。唐より帰朝まもない高僧慈覚大師は、大乗経中三会の法「迦葉仏鶏足山に出現し、不生不滅を示し、弥勒下生龍華院を期す」より、遠くお釈迦様の後を継がれた迦葉尊者が第一回の経典を作られた結集の地、鶏足山と山なみが同じであるとし、初の千人供養法会を開き、迦葉山龍華院弥勒護国寺となる。そして北関東黎明の基となり49院を擁し政治文化野中心として栄えた。
康正2年(1456年)改宗開山天巽慶順禅師行脚の途、弥勒中慈雲律師の高徳を慕い来山した。慈雲律師は天巽禅師の戒定慧の三学、座禅の徳風に感得して六百年の天台宗の宝燈を譲り入定せりという、これによりて曹洞宗となり迦葉山龍華院弥勒護国禅寺と号す。
天巽禅師に随身する神童に中峯あり、十年一日の如く禅師に師事し伽藍の造営から布教法にに尽くした。常に容顔変わることがなかったという。禅師が二世大盛禅師に譲られるや「吾、迦葉尊者の化身にて己に権化化業は終わったよって今後は永くこの山に霊し末世の衆生の抜苦与楽せん」と誓願して案山峰より昇天され、その後に天狗の面が残されていたという。

時が経つに従いその霊験は益々応所に現れ、参拝者の絶えることなく鎮守中峯大薩として祭られ迦葉山の信仰の中心となっている。
又、徳川初代将軍の祈願所となり朱印百石、十万石の格式を有し、七百十八町歩が下賜された。当時の面影を残すものとして、旧参道を上り切った右側に天然記念物馬隠れの杉がある。この杉より内は三蔵密教の霊域にて城主でも馬乗りを禁じ、馬が隠されても疑わずとして名付けられたものである。特に近年は霊鳥「仏法僧」の声を聞きつつ静かに座禅堂に坐し、古く迦葉尊者の禅風を慕う研修会や、一夜俗塵をはらい心静かに家内安全や開運を願う御参籠者にて賑わっている。
ということです。
写真のようにとっても大きな天狗の面が飾ってあり、全山がパワースポットのような所です。車でかなり上まで登れまれすので是非、いらしてみて下さい。

栃木市<蔵の街>に行きました。

 このコーナーは宗像信子講師(左)と安司弘子講師(右)の担当です。

栃木市<蔵の街>に行きました。

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)
今回も秋のさわやかな日に栃木市に行ってきました。
栃木市は小江戸情緒あふれる蔵の街として観光に力をいれています。
先ず最初に巴波川の遊覧船に乗り込みました。
巴波川は浅い川で、鯉がたくさん泳いでいます。
船に乗る時に100円で鯉の餌を買い、まきながら乗船しているので、鯉も良くわかっていて船のそばに盛り上がるほど寄ってきて泳いでいます。
物凄くたくさんで、またまたとっても大きくというか太っていて、餌に食いつく顔はまるでナマズのようでした。
また鴨もいて上から餌をねらって的確に鯉の餌の上前をはねていました。
遊覧船は川が浅いので竿をさして進みます。
また乗客は船頭さんの指導の下に栃木河岸船頭唄に合の手をいれて盛り上がりました。
30分ぐらいでしたが、川岸の蔵の街並みで結構楽しめました。

次は「とちぎ山車会館」に行ました。
明治7年に神武祭典に山車をだしたことから始まり、現在は「とちぎ秋まつり」に勇壮な山車が10基くらい町ごとに繰り出しているそうです。
その山車は江戸・明治時代に造られた絢爛豪華なものです。
この会館にそのうちの3基が飾られていましたが、丁寧に保存されて素晴らしいものでした。
今度は実際にそのお祭りを見に行きたいと思もっています。
もし行きましたらまたご報告いたします。