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ブルーポピーの伝説    東久世 章

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なし ブルーポピーの伝説    東久世 章

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2019-3-17 16:19
y.hirukawa  長老   投稿数: 958 オンライン
★Episode1 Bali

バリの砂は熱かった。
「全部溶けてしまえ」
アリスはそうつぶやいた。オイルマッサージのおばさんは片言の英語で話しかけて来た。
「Feel Good?」
アリスは黙って頷いた。

昨日、タイのプケットから逃げて来たのだ。
あのクソみたいなオランダ人のヒッピーを捨てて。
「神」だの「悟り」だの言ってたけれど、結局SEXとドラッグしか頭にない
ケダモノだったのだ。
寝ている間にコカインがごっそり入った袋を持って来てやった。
今頃どんな顔をしているやら。

マッサージで気持ちがスッキリしたので、街に出てみた。
客引きがうるさいが、土産物には興味がない。
アリスはマジックマッシュルームを探しているのだ。
レストランに行けばあると聞いていたが、メニューに出ているのだろうか?
取りあえず目の前のブルーの看板の店に入ってみた。
The Little Blue Cafeとネオンサインが出ている。

ブルーの絞り染めのTシャツを来たウェイターが奥のテーブルを指差した。
客はオーストラリア人と思われるカップルがひと組だけ。
アリスがテーブルにつくとウェイターがメニューを持って来た。
どこにもマッシュルームの料理は出ていない。
「マッシュルームは?」
アリスが尋ねるとウェイターはニヤリと笑い
「マシュルーム?何パッケージ?」
と聞いて来た。
(そうか。パッケージの数を言うのか…)
とりあえず3パッケージをオーダーした。
「O.K.3パッケージ。オムレッツ?」
「Yes」
さあ、いよいよマッシュルーム初体験だ。食べた人の話はみんなそれぞれ違う。
「ものすごい光と色が見えた」と言う人もいれば「空を飛んでいるようだった」と
言う人もいた。
「気分が落ち込んで吐いてしまった」と言う人は多分、準備ができていなかったのだろう。
ドラッグをやる時はセッティングが大事だ。
調子の悪い時にやると最悪の結果を招くこともある。

オムレツはスペイン風オムレツの様な丸い形をしていた。
ひと口食べると…ジャリっと砂の様なものが。
多分、マッシュルームに土がついていたのだろう。
こんな事を気にしていては東南アジアは旅行できない。
あまりおいしくはないが、ケチャップの味で何とか誤魔化して食べ終えた。
あの黒ずんだシメジの様なのがマジックマッシュルームだったのだろう。
アリスは口直しにアイスコーヒーを頼み、しばらく音楽に耳を傾けていた。
ジョー・サンプルのピアノの音が心地良い。
アリスは支払いを済ませると、漂うような足取りで通りを歩き、
海辺の道をコテージへと向かった。
昨日の夜、飛行場に着いて、タクシーの運転手に「適当な宿まで」と頼んだコテージだ。
昨晩は暗くてよく見えなかったが、かなりみすぼらしい造りだ。壁の青いペンキが剥げかかっている。
部屋に入るとベッドに倒れ込んだ。
目を閉じると光がキラキラと点滅している。
「ああ、始まったみたい。そうそう、何か音楽を」
カセットデッキからはピンクフロイドが流れ出した。
「ああ、すごい!」
デイブ・ギルモアの奏でるギターの音が魂をイッキに高みへと運び、流れ星の様に脳裏を駆け巡る。
以前やったLSDに似ているが、もっとフワッとしたナチュラルな感じだ。
LSDはモノにもよるが、「持って行かれる感じ」が強いものはアリスは好きではなかった。
気が付くと日が暮れていた。
身体にもダメージはなく、むしろ爽快な気分だ。
「明日はもうちょっと多めにトライしてみよう」
アリスはバリに来たのが正しい判断だったと改めて思った。

★Episode2 Mushroom

翌朝、ギャーギャーと何やらけたたましい鳴き声で目覚めた。プテラノドンでもいるのだろうか?
窓を開けて外を見ると、小さな猿が一匹、バナナを持って逃げて行くのが見えた。アリスの朝食のバナナを盗んで行ったのだ。
でもアリスは猿にバナナを取られても構わなかった。
これから昨日行ったカフェに出かける予定だったから。
今日の天気は薄曇りだ。遠くに見える山の上半分に雲がかかっている。
「よし!今日は思い切って行くわ」
昨日は3パックのマッシュルームであの程度だったから今日は倍くらい大丈夫だろう。
アリスは無性に「向こう側の世界」が覗いてみたかったのだ。
もしも死んでしまったら?それならそれでかまわない。
肉体を失っても私は…私の魂は…存在しているのだから。

昨日のカフェに行くと、早過ぎたのかまだ開いていなかった。
ウェイターが玄関を掃除している。
「何時から?」
アリスが話しかけると彼はニッコリ笑って言った。
「ああ!マッシュルーム?」
「そう、マッシュルーム、テイクアウト、OK?」
もうオムレツなんて言うまだるっこしい食べ方はやめよう。
材料だけ持って帰って自分で調理して食べた方が早い。
「ハチミツ漬けあるよ」
ハチミツ漬けか…それなら抵抗なく食べられそうだ。
紅茶か何かで流し込めばいいだろう。
「じゃあ、それ、12パックちょうだい」
「おお!バニャバニャ!」
ウェイターはビックリした顔で言った。
バニャとは「たくさん」という意味だ。
ハチミツ漬けのマッシュルームはガラスの瓶に入っていた。
ドロっとしたハチミツの中に黒ずんだキノコが見える。
見た目はあまり食欲をそそるものではない。

アリスはそそくさと部屋に戻るとカーテンを閉めて、ドアに[Don't Disturb]の札を下げた。
トリップ中に誰かに邪魔されたくない。
アリスは紅茶を淹れると、ミネラルウォーターのボトルを3本、ベッドの枕元に置いた。
そして、ハチミツ漬けのマッシュルームをカップに入れるとスプーンでひと口すくった。
意外と抵抗がない。ハチミツの甘さが際立っている。時々「シャリッ」とキノコの繊維を感じるが
紅茶で流し込めば全く問題ない。
アリスはあっという間に6パック分を食べ終えると、ベッドに横になった。
音楽はAmericaを選んだ。「名前のない馬」。
On the first part of the journey,
I was looking at all the life
まさにトリップしている状況を唄っている。
アリスはベッドに仰向けに寝た。
そして天井の竹格子を見上げながらゆっくりと目を閉じた。

★Episode 3  The Hole

気付くと赤や青やピンクなど様々な色の光が動き回っている中にいた。
「ああ、魂の交差点ね」
この世界なら以前、アシッドをやった時に来たことがある。
慌てずに自分の意識に集中していれば大丈夫だ。
絶対に巻き込まれてはならない。パニックになったらそのトリップは失敗してしまう。
その交差点を抜けると壁のようなものが見えて来た。壁に沿ってさらに行くと、
アリスは洞窟の入り口にいた。入ってみよう。
暗い洞窟の中で目を凝らすと何かが動いた。
「何?妖怪?」
それは人間ではない何かの生き物…不気味だったが恐怖感はなかった。
突然、頭の中に声が響いた。
「何をしに来た?おまえは何ものだ?」
「え?私のこと?」
またしても頭の中に声が聞こえた。
「そうだ。おまえだ。ここで何をしている?」
(そうか、考えたことが伝わるのね)
アリスは念を込めて応えた。
「私は『向こう側の世界』が見たいのです。遊びではありません」
「そうか。しかし、死ぬかも知れないぞ。それでもいいか?」
その時、相手の姿が浮かび上がって見えた。バリ島のバロンと言う獅子の化身の聖獣だ。
顔は恐ろしいが、不思議と恐怖は感じない。むしろ頼りたくなるような優しい波動を感じる。
「でも、私はどうしても見たい。そして生きて戻りたいんです」
「そうか、それでは行ってみるが良い。ただし、途中で見たものに気を留めてはならぬ。絶対に巻き込まれないように」
「わかりました。行かせてください」
「では、気を付けて、そこの穴に入り真っ直ぐに進みなさい」
「はい」
アリスはその洞窟の奥にある小さな穴に身をかがめて入ろうとした。すると、スッと身体が動き、あっという間に穴の中に入った。
「あれ、私の身体?あれ?身体がない!」
アリスは魂だけになっていた。
(これが幽体離脱?)
しかし、ここまで来たら行ってみよう。
アリスはグングンと奥に進んで行った。

★Episode4 Suna

洞窟を進んで行くにつれ何か息苦しいと言うか、圧迫感を感じ始めた。
「何?この重苦しい雰囲気は…」
すると女性の苦しそうな声が聞こえて来た。英語で何か叫んでいる。
「痛い!痛い!助けて!」
声のする方を見るとベッドの上で血まみれの女性がもがき苦しんでいた。
金髪が血に染まって顔に張り付いている。
周囲には数人の白衣を着た医師と看護師が手当をしている。
「ああ、可哀そう。何とかしてあげられないかしら…」
その時、アリスは思い出した。バロンの言葉だ。
「途中で見た者に心を留めてはならぬ」
(そうだ、ここで止まってはダメなのね)
アリスはその光景を振り払って、洞窟の先に進んだ。
程なくして狭い洞窟から広場の様な場所に出た。暗いが慣れて来ると何かが動いているのが見える。
それは小さな人間たちだった。灰色の肌で背丈はアリスの半分くらいの大きさしかない。
彼らは肩に荷物を担いで運んでいた。砂袋の様なものだ。
「何かしら?小人?奴隷?」
いつの間にかアリスは赤い衣をまとって手に金色の杖を持っていた。
「あら?私、誰かになったのかしら。あの小人たちとは違うみたいね」
すると後ろから「フンフン」という息遣いが聞こえた。振り向くと大きな黒い狼だった。
「ああ、スナ!久しぶり!」
アリスはその狼に抱きついて頬ずりをした。狼も喜んで顔をなめて来る。
(あれ?私、なんでこの狼の名前を知っているんだろう…いや、狼も私を知っている…どうなっているの?)
アリスは確かにこの狼を「スナ」と呼んだ。そしてスナはアリスに懐いている。まるで飼い主のように。
(でも、何だかすごく気分がいいわ。パワーが漲っている感じ。このまま進んでみよう)
スナに会ったことでアリスの不安は消え、自信が湧いてくるのを感じていた。

★Episode5 Home

その広場のような空間の空は灰色の雲に覆われ、遠くの方にうっすらと山が見えた。
アリスはその山に向かって進んで行った。何かが呼んでいる気がしたのだ。
広場の周囲は岩の壁で覆われ、時々小人たちの列とすれ違う以外は何もいなかった。
小人たちはアリスとスナを見ると恐れるように道を譲った。
「あれ?私はここでは身分が高いのかしら?」
アリスは少々気分が良かった。たとえ現実の世界でなくても崇められるのは嬉しい。
岩壁に沿って進んでいくと、どこかで見たような場所に出た。
そこには大きな二本の円柱のある二階建ての建物があり、入り口に黒い大きな猫が座っていた。
「ああ!ミュー!」
アリスは思わず大きな声で名を呼んだ。ミューと呼ばれた猫はアリスに走り寄って足に身を擦り付けて来た。
アリスはもう疑いもなく自分がここにいたことを感じていた。
あるいはこれは…以前聞いたことのある「パラレルワールド」なのかも知れない。
「バリ島にいる自分」と「ここにいる自分」。それはどちらも自分なのだ。両方とも現実なのだ。
アリスはこの不思議な建物の奥の部屋にある紫色のソファにしばらく身を横たえた。両隣にはミューとスナが寄り添っている。
ものすごく安らかで満ち足りた時間だった。寝ているというのでもない。
フワフワと漂っているような感覚。ミューの喉がゴロゴロと鳴る音が心地良い。
しばらくするとアリスは何かが足りない気がして来た。空腹というのではない。パワーが落ちてきたような感じだ。
「どうしよう…」とアリスが考えるより前に行動が先に立った。床の丸い石板に乗ったのだ。
その大理石の様な直径2mほどの石板はふわりと浮き上がり、ゆっくりと進み始めた。
アリスとスナは石板に乗ったまま二本の円柱の間を通って表に出た。
円盤は地表から50cmほどのところに浮いてゆっくりとしたスピードで進んで行った。
(あれ、この乗り物、勝手に進んで行く。まるで行先を知っているみたい)
何処に行くかわからなかったが、不安はなかった。不安…そう、この世界には不安や恐れなどの感覚が全く存在しなかった。
(ここが昔から言われている『天国』なのかしら…でも、ちょっと想像とは違うわね。奴隷みたいな人たちもいたし…)
円盤は平地から山の方に移動して行った。色とりどりの花や木々が見える。円盤は二つの山の谷間を進んで行く。
次第に勾配がきつくなり円盤は山の斜面に沿って登って行った。そして着いたところは山の頂上だった。辺り一面に青い花が咲いている。
「わあ、きれい。何という花かしら」
小さな青い花は光沢を放っている。アリスは花を三本摘むと髪にさした。
そして鉛色の雲が垂れ込めた空を見上げた。するとその眼に信じられないものが映った。
そこには穴が見えたのだ。そこだけ丸く空が切り取られたように黒い空間が開いている。
その穴に気付いたと同時にアリスとスナの乗った円盤はその黒い空間に向かってゆっくりと上昇して行った。

★Episode6 Orange Sunshine

円盤がその黒い空間に近づくにつれ、それは「穴」ではなく通路の入り口だという事がわかった。
そして、その通路の中に入ると壁は岩ではなく、もっと滑らかなラピスのような青い鉱物でできているのがわかった。
「ああ、きれい…」
アリスはその滑らかな青い壁をうっとりと眺めた。
誰が作ったのだろう。創造主だろうか?
通路の傾斜は次第に急になり明るさも増し、眩しくなってきた。
そして通路から出ると円盤は止まった。
「ああ!太陽!」
それはオレンジ色に輝く光の塊だった。アリスの知っている太陽のようだが、
もっと柔らかな…まるで意思を持っているかのような光だ。
それは言葉に例えれば「愛」だ。
「ああ、私は今、愛されている」
スナも気持ちよさそうに光を見上げていた。
アリスは以前からそうしていたように、手のひらに光を溜めては喉に流し込んだ。
「光を飲む」そんな表現がピッタリだった。
アリスは自分の魂にみるみるとパワーが漲って来るのを感じた。
「そうか…これがこちらの世界の食事なのね」
すっかり「満腹」になったアリスは周囲を見回した。
そこはオレンジ色やピンク色に染まった雲が立ち込めていたが、所々に山々の頂が見えた。
という事はアリスとスナは火山の噴火口の様な所を昇って来たことになる。
でも、火山ではないことは確かだ。溶岩もなかったし熱も感じなかったから。
この世界の仕組みは、まだまだわからないことだらけだった。
アリスはミューの待つ家に戻り、これから先のことを考えることにした。

★Episode7 Guda

アリスとスナとミュー、共に過ごす時間は至福の時だった。
スナもミューも動物の姿はしているが、しっかりとした魂の声を持っていた。
それは幼い子供の様に純粋な響きだったが、時に強い意志を感じさせた。
アリスは紫色のソファに寝そべって考えた。
この世界には時間がないのだろうか…。
いや、何らかの「流れ」は感じられる。
おそらくものすごくゆっくりとだが、時は流れているのだろう。
自分のいた世界の出来事が過去世の記憶のように遠くに感じられる。
「ウルル」
急にミューが低く鳴いた。入り口の横の丸窓に小さな青い鳥がとまっていた。
アリスはすぐに意味がわかった。
「ああ、青い鳥!グダ様のお使いね。行かなければ」
アリスは一人で円盤に乗ると円盤は青い鳥の後を追い、移動し始めた。
スナも走って後を追った。
アリスはグダ様に会うのは初めてではない気がした。いや、きっともう何度も会っているはずなのだ。
グダ様はこの世界で最も強い力を持つ存在だった。と言ってもそれは肉体的な力ではない。魂の力だ。
もちろん、その力が他者を傷つけるために使われることはない…が、
その圧倒的な力に抗う気持ちを持つことはありえなかった。

グダ様のいる建物が見えて来た。それはピラミッド型をしており、全体が薄青い光を放っていた。
円盤は入口のゲートをくぐって広い部屋の隅に停止した。
アリスを迎える温かい波動が伝わってくる。懐かしいグダ様の波動だ。
部屋の中央に座っている姿は…人間の年老いた男性の様に見えるが額の中央に青く澄んだ目が輝いていた。
グダ様から言葉が伝わって来た。
「イシスよ、何か困っていることはないか?」
「え?イシス?ここでの私の名前?」
グダ様の右側に4体、左側に3体の存在が見えた。一見すると人間の様に見えるがオーラは人間のものではない。
アリスは一つだけ空いている席に座るとグダ様の問いに答えた。
「グダ様、私はどうかしてしまったのでしょうか?長い眠りから醒めたように色々な事を忘れています」
「焦ることはない。期限などないのだから。次第に思い出せるであろう。自然の流れに任せよ」
アリスはグダ様の答えには満足できなかった。
「でも…私に何が起こったのですか?教えてください。お願いです」
グダ様は答えた。
「イシスよ、そなたはひとつの肉体の消滅によってショックを受けたのだ。つまりそなたの魂のひとつの面が宿っていた肉体が滅びたのだ」
「グダ様、その肉体とは私の…いえ、アリスとして生きている肉体でしょうか?」
アリスは不安を感じていた
(私の…アリスの身体が死んでしまったとしたら?もう戻れないのだろうか…愛する人たちとの生活に)
「いや、滅びたのはアリスの肉体ではない。アリスはまだこれから成すべきことがある。今はまだ滅びる時期ではない」
(私にはまだ成すべきことが?なるほど、納得だわ。「まだ人生の途中にいる感じ」は気のせいじゃないのね)
「グダ様、わかりました。ゆっくりと進むことにします」
「そうだ。焦るな、イシスよ、今のそなたには休養が必要なのだ。まずはゆっくり休むが良い。もうギリには行ったようだな?」
(え?ギリってあの山のことね…多分)
「はい、グダ様、行ってまいりました」
「では、あとは休んでいる内に思い出すだろう」
そしてグダ様は他の存在達に向かって提案した。
「諸君、イシスはひとつの肉体の滅びに立ち会うと言う大役を果たした。今はもう戻ってゆっくりと休んでもらおう」
「異議なし」
同意を表す波動が伝わって来た。
「では私が送りましょう」
一人の存在が立ち上がった。
(あっ!この人、知ってる!ローリングストーンズのキース・リチャーズ!)
そんなアリスの思いに気付いたのか彼は答えた。
「私の名はフェルジ。キースは私の地球での姿ですよ」
「え?じゃあ、キースはあなたのことを知っているの?」
アリスは自分の質問が妙なのに気付いた。でも意味は通じたはずだ。
つまりフェルジはキースであることを知っているが、キースは自分の別の姿であるフェルジを知っているのかどうかという意味だ。
すると彼はこんな風に答えた。
「はっきりとは意識していないでしょうね。でも彼は時々こちらにやって来た過ごすことがあります」
アリスが思うに、キースがこの世界にやって来るのはドラッグでハイになった時なのだろう。
という事はここは死後の世界ではない。
二人は広場の隅のアリスの円盤に近づいていた。
「あの…最後にひとつだけ教えてください」
「はい、何なりと」
「この世界は何と呼ばれているのですか?」
「はい、ここはシャンバラヤあるいはシャンバラと呼ばれています」
(え!ここがあの理想郷と言われるシャンバラ?)
アリスは驚いたがその気持ちを抑えお礼だけを述べた。
円盤はゆっくりと動き出し、キース…いや、フェルジは手を振ってアリスとスナを見送った。
途中で大きな生き物が歩いているのが見えた。恐竜のトリケラトプスのような姿だ。
「本当に不思議な世界ね。シャンバラって。ねぇスナ!」
「クーン」
スナはアリスに同意するように喉を鳴らした。

★Episode8 Keith

アリスはグダ様のところから戻った後も、まだ釈然としない気持ちが残っていた。
グダ様は「ゆっくりと休み、時間をかけて思い出せば良い」と言うけれど、アリスは今すぐに様々な疑問の答えが欲しかった。
「そうだ!キースに聞こう。彼ならきっと教えてくれるだろう」
「キース」は、こちらの世界では「フェルジ」だが、地球では「キース」なのだからそう呼んでかまわないだろう。
しかし、どうやって連絡すれば良いのだろう。念を送れば良いのだろうか。
するとスナがそばに寄って来た。
「ああ!そうか、お前が呼んできてくれるのね。お願い、スナ、キースを連れてきて」
スナは「ワウ!」とひと声吠えると外に飛び出して行った。

どのくらい経ったのだろうか。意外に早かったように感じた。
スナの声が聞こえたので外を見るとキースが自分の円盤から降りるところだった。
「ああ!キース、来てくれたのね。どうぞ中に入って」
キースは会釈して部屋に入って来た。
紫色のローブを身にまとい、ブルネットの長髪が肩にかかっている。
「ごめんなさい。急にお呼びしてしまって」
「いや、大丈夫。時間は充分あるので」
キースは部屋の真ん中のクッションに座るとアリスと向き合った。
「で、何か知りたいことがある…と」
「そうなの。私、あまりにもたくさんのことを忘れてしまって…グダ様は時間をかけて思い出せば良いとおっしゃるけど、私はそんなに待てない」
キースは澄んだ栗色の瞳でアリスをジッと見ると頷いた。
「わかった。で、何が知りたい?」
アリスは最初からあまり核心を突くのは気が引けたので、こんな質問から始めた。
「この前、グダ様のところから戻る時に大きな恐竜の様な生き物を見たの。あれは何かしら?」
「ああ、あれはグダ様の聖獣でガイギンというドラゴンだよ。普段はおとなしいけど時々火を吹くんだ」
「ええ!グダ様の聖獣?じゃあキース、あなたの聖獣は?」
「あれだよ」
キースは窓の外の空を指差した。そこには大きな鷲がゆっくりと舞っていた。
「そして、イシス、君の聖獣は狼…そう、スナだよ」
「ああ、そうなのね。うれしい。それでは、キース、もっと基本的な事を聞くけど…」
「うん、何でもかまわないよ」
「そう…まず、この世界と地球の関係よ。ここは別の星なの?」
キースは頷きながら答えた。
「そうか、それは一番基本的なことだね。ここは地球だよ。でも君の言っている地球とは次元が違う。当然、時間の流れも違う」
「別の次元?」
アリスはまだ良くつかめなかった。
「じゃあパラレルワールドということなの?」
「うむ…君の思っているパラレルワールドがどんなものだかわからないが、そうとも言える」
「と言うことは、私はアリスでありイシスであり、まだ他の誰かなのね?どうして今まで知らなかったのかしら」
すると、キースはジッとアリスの目を見ながらこう言った。
「それは『アリス』である君が今まで『境界』を超えなかったからだろうね。境界を超えることは時々起る。
例えばキースがこの世界に時々来るのは『超常体験』をしている時だ。彼の場合はドラッグをやっている時が多いが、
他にも睡眠時や臨死体験など色々なケースが考えられる」
アリスはやっと納得がいった。つまり自分は今回マッシュルームを食べたことで境界を越えてしまったのだ。
と言うことは向こう側の…アリスの肉体は、今はどうなっているのだろう。
キースはそんなアリスの心を察したのかこう言った。
「大丈夫。死んではいないよ。多分深く眠っているような状態だろうね」
眠っているならば遅かれ早かれ覚める時が来るはずだ。
アリスはこの世界での自分の意識がいつまでも続くものではないことを悟った…と同時に自分の属している地球での生活を懐かしく思った。
「じゃあ、キース、最後にこれだけ教えて…あなたが知っていればだけど。私の…いえ、私の魂の別の面の肉体はどんな風に滅びてしまったの?」
キースはしばし沈黙した後、こんな風に答えた。
「イシス、君はここに来る途中で何かの場面を見なかったかい?あるいは何かのビジョンとか」
アリスはこの世界に来る途中のことを思い返してみた。
「あっ!そうだ!」
途中で見た、あの血まみれの金髪の女性!あれが自分の別の肉体なのかも知れない。
アリスがそのことをキースに告げると彼は首をかしげて言った。
「残念ながら僕には断定できない。これは君の問題だからね。君が感じる以上のことは僕には感じられないんだ」
「そうね。これは全て私の魂の問題ね。キース、ごめんなさい。あなたに無理なことを聞いてしまったみたい」
するとキースは微笑みながら言った。
「謝ることはないよ。イシス、ひとつ忘れないでいて欲しいのは、君はイシスでありアリスであると同時に僕でありキースであり、
そしてグダ様でもあるんだ。つまり我々は全て大きな存在の一部なんだよ。だからそれぞれの想いや行いが全体に影響するんだ」
アリスはあまりにも壮大なイメージなので受け止めきれなかった。
「いいさ。少しずつ思い出していけば大丈夫。君も、そして君の住む地球もまだ発展する途中にあるんだからね。時間をかけてゆっくりと…ね」
キースは円盤に乗るとゆっくりと遠ざかって行った。
アリスとスナとミューは並んでしばらくの間見送っていた。

★Episode9 Blue Poppy

暗いトンネルの中に薄明かりが見えた。
「ああ!私、どうしちゃったんだろう…
カーテンから光が漏れている。
ベッドの上?天井の竹格子が見える。
「こ…ここは…バリ?」
アリスはゆっくりと起き上がりふらふらとトイレに歩いて行った。
洗面台の鏡を覗き込む。思ったよりひどい顔ではなかった。
(ああ、私、マッシュルーム食べて寝てたんだわ。不思議な世界に行って…)
そうだ。あの奇妙な体験を忘れない内に日記帳に書いておこう。
歯を磨いて顔を洗って髪をブラシでといて…パラリと青いものが落ちた。
「あら?このブルーの花!まさかあの山に生えていたあの花?」
そう、たしかあの時、山の上で太陽の光を飲んだ時、ブルーの花を摘んで髪にさした。
「本当にあの時の花?」
そのブルーの花は今摘んだばかりのように生き生きとしていた。
アリスは頭が混乱して来た。
(私の身体はここで寝ていて…魂だけが別の世界に行った…はず…いや、肉体も?)
アリスはあまりに混乱するので考えるのを止めて、なるべく現実的な事を意識した。
そもそも、今日は何日なのかしら。マッシュルームを食べたのは昨日、2月4日だとすれはば、今日は翌日5日の朝?
コテージの外のボックスには朝食用のバナナと紅茶のポットが入っていた。
アリスがバナナと紅茶を持って部屋に戻ると、バリ人のおばさんがパンの乗ったトレイを持って庭に入って来るのが窓から見えた。
アリスは窓から声をかけて彼女を呼んだ。彼女の売っているパンは意外とおいしいのだ。
パン屋のおばさんはうれしそうにドアの所に来て目の前にトレイを置いた。
アリスはその中からチョコレートロールとパイナップルのペストリーを選んだ。
急に空腹を感じ始めたのだ。どのくらいの間、まともに食べていないのだろう。
アリスはパンの代金を払おうとして、彼女が新聞を小脇に抱えているのに気付いた。
「あの…ちょっとその新聞見せて」
おばさんは新聞を差し出した。
インドネシア語の新聞だったが日付はわかる。
2月5日!という事はやはり一日しか経っていないのだ。アリスは新聞を返すとパンを持って部屋に戻った。

翌朝、アリスの乗ったガルーダ航空機は日本に向かっていた。東京…何だか懐かしいと同時に怖い気がする。元通りの生活に戻れるだろうか。
アリスは自分の意識が変わってしまったのを感じていた。多分、帰ったら色々な事に違和感を覚えるだろう。
アリスは化粧ポーチの中からビニール袋に入れたブルーの花をそっと取り出し見つめた。
「この花が証拠よ。私の行った世界は絶対に存在する」
「Oh! Blue Poppy!」
隣の席に座っていたアメリカ人の中年男性が声を挙げた。
話を聞けば彼は植物学者で、これから東京で開かれる学会に行くのだと言う。
そして、彼の話によれば、このブルーポピーはヒマラヤにしか自生しない珍しい種類だと言うのだ。
アリスは彼に自分のややこしいストーリーを説明するのも面倒なので「友人にもらった」と言っておいたが、それにしても「ヒマラヤ」とは…。
「あっ!そうだ、あの本!」
アリスは突然思い出した。東京で一緒に住んでいるビリーの持っていた本。確かタイトルは「ヒマラヤに魅せられた人」だった。
ニコライ・レーリッヒというロシアの画家が「理想郷:シャンバラ」を求めてヒマラヤ山中や中央アジア各地を旅する話だった。
アリスが行った世界は「シャンバラヤ」または「シャンバラ」と呼ばれているとキースは言っていた。
という事は、つまり、こちらの世界のヒマラヤとシャンバラはどこかで繋がっているのだろうか…。
アリスは頭の中で様々な想像が湧いてくるのを抑えきれなかった。
そして、スナの息遣いとミューの喉を鳴らす声を思い出した時、懐かしさで涙がこぼれそうになった。
(きっと、また会えるわ。だって私は…イシスはあの世界で今も生きているんだもの)
アリスは飛行機の窓から外を眺めた。太陽の光が翼に反射し輝いている。
そして思った。この光は、あのシャンバラのギリの山頂で感じた暖かい愛の光と同じ光なのだと。
「あっ!青い鳥!」
一瞬だったが窓の外を青いものが横切った。
ああ…グダ様…アリスは思わず微笑んだ。
(完)
推奨数:2 平均点:10.00

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