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3、FMいかる

綾部の里に花が咲く

第十一章、綾部の新春取材

4、綾部百人一首

 ここ数日、小太郎は新年会や名刺交換会に呼ばれたりして超多忙な日々を過ごしていた。しかも、綾部市は寺社仏閣や文化的施設が多いだけに、全ての正月行事に付き合うのは無理なのが小太郎にもよく分かった。それは、商工会議所職員の誰にも言えることで、それぞれが自分の担当している分野の産業や企業との付き合いで忙しい様子だった。
 それら年賀の行事が一段落して松もとれた金曜日の夜、恒例だという中上専務理事主導による商工会議所職員の新年会が、ITビルから東にぐ五分ほど歩いた小太郎の住むマンションと同じ本町の旅館兼業の亀甲屋という落着いた風情のある和料理の店で開かれた。
 会頭・副会頭の日東精工、サント機工社長は自社の行事多忙で欠席したが、もう一人の副会頭でファッションデザイナーでも知られる紳士服・婦人服・呉服などおしゃれ企業の平山デザインの平山社長が、外部から参加したことで大いに盛り上がり、日頃はそれぞれ別の仕事を分担して交流の少ない職員など全員で総勢十七名が一堂に集まっての新年会だけに大いに賑わった。日頃の愚痴や成功談、失敗談、自慢話、反論、激論が乱れ飛び、飲めや歌えやの大宴会の末にカラオケ大会になる。それを仕切っているのが、日頃は温厚で控えめ理論派の福岡多佳子総務課係長(仮称・部長代理)で、それに張り合って場を盛り上げているのが、近く発足するあやべ特産館に出向が決まっている萩原亜由美主任(仮称・課長)で、その群を抜く華やかさと笑顔にものを言わせて男どもを牛耳っている。
 ここはもう、仕事を離れたら間違いなく女性上位の治外法権職場だから男どもは虚勢を張って生きている。今やこんな例はどこにでもあるから珍しくもない。多分、綾部市役所もFMいかるもグンゼや大本教、いや、全国津々浦々どこに行ったって同じことだ、と小太郎は思いつつも、黙々と美味しいお酒と美味しい料理の摂取に熱中して余念がなかった。
 この新年宴会の賑わいは、亀甲屋名物の魚ずくし亀甲鍋やカニすきをはじめ海鮮料理の味に満たされた上でのも影響されていた。食べもの飲み物に満喫した職員一同の話題は、いつの間にか夫々の自慢話にすり替わっていた。仕事自慢、食通自慢、専務理事の孫自慢があって、誰からともなく祝い唄の合唱が手拍子で始まり、アカペラでの歌謡大会になる。それが一段落した頃、カニ雑炊が出て食事になり、お開きの時間が近づいていた。そんな時、ふと、中上専務理事が思い出したように周囲を見回して言った。
「そういえば、今年の新年会は珍しくカルタの話題が出なかったな?」
 加納美紀がすかさず応じた。
「次週土曜日の大本のカルタ会には、チーム商工会議所の名でエントリーしてあります」
「誰が出るんだ?」
「白原百合さん、神山紗栄子さん、福岡多佳子さん、私、それに、大橋小太郎さん、以上です」
「まさか?」
「なにか?」
「他のメンバーに異存はないが、大橋君は無理だろ?」
「わたし達も不服ですが、本人がたっての希望ですので」
 小太郎がそれを聞いて口を挟んだ。
「団体戦は出ません、ダメ元で、個人戦だけでも出させてください」
「なんで、そんなに百人一首にこだわるんだ?」
「実は、列車の中でバカにされたのが悔しいんです」
「大橋君、きみはカルタ札について多少の知識はあるのかね?」
「花札なら自信があります」
「そんなの論外だ。わしも少々たしなむが・・・ここでカルタといえば百人一首の話だ」
「百人一首なら、何といっても坊主めくりです。あれだと読み札だけの使用ですから省エネで、青冠、縦烏帽子、横烏帽子、矢五郎、坊主、姫と絵柄での勝負ですから記憶力も関係なく勝負できます。天智天皇札はは全ての札に勝ち、持統天皇札は・・・」
「そんなのどうでもいい。大橋君の知識はそんなもんか?」
「藤原定家が、京都の小倉山山荘で選んだから小倉百人一首で、それが出来たきっかけは鎌倉幕府の御家人で歌人でもあった宇都宮頼綱が、古今の名歌を厳選して色紙に書くように依頼した。そこで定家は、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの百人百歌を選び、古い順に歌番号を付けて宇都宮頼綱に提供したのがそもそもの始まり、違いますか?」
「そんなの常識だ」
「その宇津宮の子孫が、茶道に凝った太閤秀吉に、{茶室に飾るので原本を差し出せ}の命を拒んで殺されました」
「時の権力者なんてそんなもんだ。茶の千利休だって同じじゃないか?」
「綾部もですか?」
「バカ! 世界に平和都市を宣言した綾部がそんな姑息なことをするか。川崎市長が聞いたら気を悪くするぞ」
「太閤様と同格に見られても市長は気を悪くしますか?」
「ダメだ。市長は徳川家康タイプだからな」
「とりあえず僕は、[有明のつれなく見えし別れより暁ばかしうきものはなし]、が好きです」
「壬生の忠岑(みぶのただみね)か? 夜を共にして夜明けの別れの辛さから、夜明けを憎む歌だが、大橋君には無縁だろ?」
「いえ。夜が明けて出勤するため起きるのが辛くて」
「勝手にしろ。小倉百人一首はな。男が七十九、女が二十一名だ。男は天皇七、親王が一人、公卿は・・・えーと」
 白原百合が遠慮がちに専務理事を援けた。 
「お公家さんは二十八名、一般貴族も同数の二十八名、僧侶が十二名、役職不明が三名だったと思います」
 福岡多佳子・仮称部長代理がさり気なく続けた。
「女性歌人の内訳は、天皇が一名、内親王一、女房十七、公卿の母が二名です。季節では春が六首、夏が四、秋が十六、冬が六首。ついでに付け加えますと恋の歌が百首中四十三首、昔はおおらかでしたね。わたしなどはひっそりと人に知られずに・・・いえ、今はしてません」
「誰も、そんなの気にしておらんよ」
 中上専務理事が憮然と言い、加納美紀が続けた。
「ともあれ、小倉百人一首を真似て後世に作られた百人一首は沢山ありますね。足利義尚撰の新百人一首、十七世紀につくられたらしい百人秀歌、武人が登場する武家百人一首、神代から幕末までの武将や大名などの和歌を集めた新撰武家百人一首、室町時代から江戸時代中期にかけての武将や大名などのる和歌を採録した後撰百人一首、最近では、新かなづかいの今昔秀歌百撰などは平成になってからの編集です。以上、数えれば星の数ほどある百人一首、なかでも、これぞ百人一首という最高の作品があります。大橋さんはご存知ですか?」
「いや。それは何です」
「ジャーン。これが綾部百人一首です」
 加納美紀がバックからカードを出した。
「上を読みますから、下を答えてください」
 商工会議所職員の全員が興味深い目で小太郎を見つめている。
「では参ります・・・昼ながき 郡是のサイレン諭しとも・・・」
 みなまず効かずに神山紗栄子が応じた。
「聞きて三十年耳を離れず・・・あ、いけない! ご免なさい」
「反射的に出ちゃうのね? 今度は・・・川釣りの 籠に蛍をとまらせて・・・」
「夫もどりくる宵闇の道・・・ご免、わたしまで」
 あわてて白原百合が口を押さえたが遅かった。
「百合さんまで! 皆さん、口を押さえていてください。
 加納美紀が気を取り直してカードを選んだ。
「寺山に登って鐘を鳴らしたら・・・」
 一瞬間をおいて小太郎が応じた。
「平和に満ちてる綾部の街並・・・ですか?」
「平和溢れる良き綾部かな、です。でもカードは取れますね?」
 全員が拍手した。
「結構やるじゃないか」
 専務理事までが、まぐれ当りの小太郎を調子づかせている。
 小太郎は井根山のまゆピー像からの連想で言ってみただけなのだが、これで自信がついた。
 加納美紀が持参のカードを小太郎にプレゼントし「少しは覚えてね」と笑顔で言った。
 そのカードを何気なくめくって小太郎は驚いた。
「これが綾部の? 上林川の鮎はうましとよき この手ざわりに塩ふりて焼く、これ見たことあるな?」
 なんと井根山を巡る山道脇にあった石碑に彫られた文字が、この綾部百人一首だったのだ。
「それと、今回は綾部中の学生がいい歌を詠んだので、それを加えて百一首、わたし達綾部の人だって、全部覚えてる人なんて少ないから大丈夫よ」
「やり方は?」
「大橋さんの参加する一般個人戦は、競技というより遊びですから、昔から伝わる”お散らし”です。取り札百枚全部を畳にばら撒いて、読み手がよく切った札を読み上げたら、取り札を囲んでいる参加者が早い者勝ちで取るという単純な競技で二回やって順位を決めます。わたしたちが参加する”競技かるた”は、全日本かるた協会制定のルールのもとに厳正に行われる本格的な小倉百年一首大会で、例年の今頃、綾部からも代表選手を出して滋賀県大津市にある近江神宮で男性の名人戦と女性のクイーン戦行われ、その試合の勝者がその年の日本一の王座に輝くのです。綾部の大会もそのルールに基づいて行われます。さらに、源平に別れて戦うチーム戦もありますが、大橋さん得意の坊主めくりは正式競技から外されています」
「チーム商工会議所は優勝候補?」
「痛いところ突くわね。役所の秘書広報課、FMいかる、それに日東工業など強敵多数で苦戦中なの。大橋さんも頑張ってください」
「よく分かりました。ますますやる気が出たぞ」
 酔った勢いで小太郎は拳を頭の上に着き上げた。
「気合が入ってよかったな。では、諸君、大橋小太郎君にハッパを掛けてくれ!」
 中上専務理事の一言で、酔った勢いの全員がいっせいに叫び、中には拳固で頭を叩いた者もいる。
「頑張れよ!」「頑張って!」「わたしの分もやってね」「一枚でも取れたら凄いぞ」「集中力で!」
 こうして商工会議所の新年会は、小太郎の激励会になって終わった。


5、綾部百人一首大会風景


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