枇杷の実が ヘイスブックにあり余り

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

枇杷の実が フェイスブックにあり余り枇杷の実が フェイスブックにあり余り
(2016/06/18)
知り合いのFBに枇杷の収穫。二〇数年前、お子さんが捨てた枇杷の種から成長、近所にお裾分けしても余るほど、と。自宅ベランダの枇杷の木は、いつ実る?今日は大学の県人会と浦和・千鳥難民の飲み会。

弥彦村 神社の真緑やまぼうし
(2016/06/17)
弥彦村村長、小林豊彦さんは元日経新聞記者。昨年一月の当選以来、初めての訪問。弥彦神社などを一緒に。かつて浦和でスナックを経営し今は新潟県の松之山に住む玉田美智子さんも「やまぼうし」で一杯。

まろまろと 薄着の妊婦 街を行く
(2016/06/12)
まろまろと目立つお腹を隠そうとしない女性が多くなった? いまや女性活躍の時代。大学の徳島県人会で、外務省などで働く若い女性と話したが、それぞれに頼もしく。新聞社が採用する記者も、女性が半数に。

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お江戸下町落語事情-2
=「人生八馨」一五年秋季号・第四巻

 今田寄席は、時に会場を近くの新川区民館に移したり、すぐそばに開店して一年ほどで閉めた讃岐うどんの店でも、即席寄席を開くなど、アメーバーのように活動の輸を広げている。「席亭」の一美寿さんは極めて社交的な人柄で、店の前を通る人に誰彼となく声をかけ、仲間に引き込むことを特技としている。
事情を知る人は、店の前を避けて勤め先に急ぐ、との逸話も生まれるほどで、我々もそのペースに巻き込まれた仲間。寄席が開かれる夜は一一千円ほどの会費で、コップ酒にスタッフが用意したつまみが提供され、時に広島菜などのお土産もつく。
今田酒店がある新川一丁目は、門前仲町・富岡八幡宮の氏子でもあり、ご主人が昨年、町内会長に選ばれたため、八月の大祭の折には、神輿が出発する町の一角にテントを張って、町の人たちの世話もする。酒屋稼業とは一石二鳥でもあるけれど、世話好きの個性は、商売抜き。歌舞伎やコンサートのチケットを、公演当日に「今日、時間ありませんか」と提供してくれたり、我が家のマンションまで貰い物の野菜などを届けてくれたり。カンカラ三線の演歌歌手・岡八郎さんと知り合ったのも、この酒屋寄席だった。
一美寿さんとのつながりから、次に出遭った落語の会は、住吉神社の近くに店がある喫㌔咤鳩,付㍉弓ぺヮ茶店 「星時計」が主宰する会。一美寿さんの娘さんが一時期、この喫茶店で働いていた縁もあり、我々も出入りするようになつた。
「星時計」 の寄席では、これまでに三度、ヒ方落語の故・桂米朝さん門下、桂吉坊さんの噺を聞いた。会場は、月島もんじや通り入
り口にある佃島説教所だったり、喫茶店だったり。こちらも即席の高座を設け、喫茶店の場合は三十人も入らないスペースで、膝付き
合わせながら、巧みな話芸を聞く。

年重ね 歌う六月シャンソニエ

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

台風が狂言回し「海よりも…」
(2016/06/13)
是枝裕和監督の映画「海よりもまだ深く」。冒頭、団地の場面で台風23号予報のラジオ。これがドラマの伏線と観客はクライマックスで気づく。樹木希林演じる高齢の母が、離婚した息子夫婦と孫を泊めた夜。

年重ね 歌う六月シャンソニエ
(2016/06/15)
 九二歳のシャルル・アズナブール。おなじみの「イザベル」などではなく、最新作中心に日本最後の公演。シャキッとした姿がNHKホールの舞台に現れると、どよめきが。

繊月(せんげつ)や梅雨の谷間の道しるべ
(2016/06/09)
帰り道に夜空を見上げ、細い月が語りかけるものを感じた。公約を公然と被り、「新しい判断」と言葉でごまかす首相。せこい政治資金流用を指摘されながら、居直る東京都知事。人間の美質復活を、月も求める。

お江戸下町落語事情
=「人生八馨」一五年秋季号・第四巻

 隅田川河口の佃島に住むようになつて一五
年ほどになる。その前にも地続きの月島に住んでいたから、この地域での生活は三〇年を超える。リバーシティーの高層マンションと、長屋の面影をとどめる町並みが共生し、気分は下町の感覚を楽しませてもらつている。
そんなお江戸のキイワードのひとつが「落語」。なぜか知り合いになった人たちが、落語をメインにしたイベントを定期的に開いてく
れて、その催しから、気安い人と人のつながりも生まれて、よそ者ばかりと思いがちな東京の生活に潤いを与えてくれている。
最初のきっかけは、隅田川を隔てて対岸に位置する新川一丁目に店を構える今田酒店の女将、一美寿さんと知り合ったことだった。
もう十年ほど前になるだろうか、念仏踊りと仮装の踊り手で知られる佃の盆踊りを初めて見物した時、連れ合いが一美寿さんに強引に
踊りの輪に引き込まれ、付き合いが始まった。
今田酒店は 「誠鏡」 など広島の酒を主に扱う店で、一美寿さんも広島の出身。最初は、健在だったご主人の父君を激励しようとの趣
旨で、「酒屋寄席」を始めた。一升瓶やウイス
キーのボトルが並ぶ売り場に即席の高座を設け、逆さにしたビールケースに座布団を敷いて座席を作り、酒屋が寄席に早変わりする。
素人の落語愛好家や三味線が趣味の女性も高座に上がるが、「酒屋寄席」 のトリは、真打の古今亭菊龍さん。東京スカイツリーの足元
に住み、隅田川沿いの墨田区、中央区、江東区などは縄張り同然。自分のブログで日々の活動とその日に食べた食事のメニューを記録
する律儀な落語家さん。そのブログに、今田酒店は頻繁に登場する。

古九谷の 図録が届く梅雨半ば

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

香水を まとつて梅雨の憂さ晴らし
(2016/06/02)
香水というよりオーデコロン。朝の風呂上り、気持ちを引き締め、加齢臭など気になる言葉は追い払って清々しく。梅雨に向かい、気持ちが晴れない時に備えて我流の予防策。

古九谷の 図録が届く梅雨半ば
(2016/06/08)
「九谷吸坂窯」。石川県加賀市で古九谷の美を追求する硲紘一、海部公子さんの作品を収録した図録。全作品カラーでずしりと重い。丸浜江里子さんから贈られた。子供時代に石川県に住み、九谷焼には親近感。

文学碑 みなチヨポチヨポや夏芦屋
(2016/06/05)
作家、小田実さんの文学碑が芦屋市のあしや喜楽苑に完成し除幕式があつた。人生の同行者、画家の玄順恵さん、一人娘のならさん、澤地久枝さん。碑文は小田さん自筆の 「古今東西 人間みなチョポチョボや」

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-8
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 さらにお風呂とのかかわりを思い出してみると、石川県に住んでいた、もっと幼い頃、山中温泉や山代温泉、片山津温泉などに、家族連れで出かける機会が何度かあつた。どこかの温泉宿でピンポンを楽しみながら聴いた「お富さん」が、初めて覚えた流行歌だつた。
祖父には一度、反抗したけれど、決して風呂嫌いではない。いまは毎日、朝と夜の二回、マンションの風呂に入る。朝は裸になって十数種類のストレッチ体操に二十分ほどかけて、これが健康維持に欠かせない習慣となつている。
と、この原稿を書き終えた後の二月十八目の毎日新聞朝刊都内版 「だいあろ~ぐ東京彩人記」 欄に、日本銭湯文化協会長の高橋元彰さん (七七) が登場していた。都内の銭湯は十年前の1077軒から663軒(一月末現在)まで激減した状況に触れながら「東京五輪・パラリンピックの選手村に大銭湯を作りたい」と、裸の国際交流の夢を語っていた。
高橋さんは港区芝で「萬歳湯」を経営し、「銭湯検定」を二〇〇九年に始めるなど浮世風呂の伝統を守る活動を続けている。
「萬歳湯」にも是非、手ぬぐい片手にポチヤンと飛び込みたい。あれこれ古い記憶も呼び起こしながら、今年はお江戸の銭湯巡りを堪能したい。いずれ、その報告が出来ることを楽しみにしながら。
この項 了

新潟へ 七二七の席の縁

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

新潟へ 七二七の席の縁
(2014/06/04)
 新潟出張で上越新幹線。東京駅で切符を確したら、七号卓二七A。田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕された七月二七日を連想する人は、ほとんどいないと思うけれど、八年前のあの夏の朝、東京地検前で現認した光景が浮かんだ。

薔薇舘 ショパンにリスト別世界
(2014/06/01)
今年も千葉市・土気にあるドクター本間の薔薇の館へ。若い音楽家を支援するチャリティーコンサート・シリーズで、今日は若手ピアニスト、近藤和花さん。べヒシュタインの1880年製リストモデルのピアノを弾きこなし、超絶技巧も見事だった。

紫陽花が ベランダで咲く雨の精
(2014/06/03)
梅雨を前にピンクの花が目を楽しませてくれる。連れ合いが生け花の花材を挿し木しておいたら、初めて花を着けた。ほとんど水だけで成長したらしく、水の精でもある。土地の条件によって色が変わり、我が家はピンク。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-7
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

風呂は別棟になつていていわゆる五右衛門風呂だった。風呂を沸かすのは祖父の仕事で、ある日、学校から帰宅して、「風呂が沸いてる」と勧める祖父に反抗して「入りたくない」と答えると、祖父が突然、激しく怒り出した。その剣幕にびっくりして逃げ出すと、祖父は、そばにあつた太い薪を手にして追いかけてきた。
せっかく孫のために風呂を沸かしたのに、入らないとは何事か、という怒りだった。家の周りを二回りほど息を切らして鬼ごつこ。祖母がとりなしてくれて、殴られることはなかつたが、忘れられない体験だった。
その祖父は、代々伝わっていた家の古文書を風呂の焚きつけに使おうとしたことがある。
町の教育長も務めた叔父が後に話してくれたことだが、慌てて止めて貴重な古文書は保存されることになつた。叔父が解読して残してくれた古文書によれば、我が祖先は江戸時代から 「紙漉き」 を生業とし、藩札、つまり阿波藩が使用する藩の紙幣を印刷する紙なども作っていたという。古文書が風呂の焚口の灰にされていれば、そんな歴史も消えてしまっていた訳で、風呂にまつわる祖父の二つの顔を思い出すと、苦笑いが込み上げてくる。

夏ビルマ 図書館バスが走ってる

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

夏ビルマ 図書館バスが走ってる
( 2014/05/15)
アウンサンスーチーさんと英国滞在時代から友達づきあいの「ビルマ応援の会」代表、宮下夏生さんから、ビルマ国内で活動する移動図書館バスをルポしたCDが送られてきた。バスは昨年七月始動。彼女はバスの確保、募金活動に尽力している。

美しき五月のパリを想うとき
( 2014/05/14)
新緑が美しい。五月になるとパリの美しさを讃える歌が蘇える。NHKラジオのフランス語講座を毎朝聴くが、効果はいまいち。この時期、街を歩く女性も美しく。

ミジンコの季節は夏か坂田さん
( 2014/05/16)
サックス奏者で「私説 ミジンコ大全」著者、坂口明さんの講演と演奏を人形町サロン・ポリフォニー(小林由美子さん主宰)で聴いた。ミジンコの映像を披露し、軽妙な語り口で生命の営みを楽しく解説。目の前で聴くサックス演奏も迫力満点。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-6
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 吉野川の源流の一つでもあり、その下流には現在、早明浦ダムがある。一九七五年に完成すると、村役場などはダムの底に沈んだ。白滝鉱山はその二年前に閉山となり、鉱山で働いていた人も去って、大川村は、高知新聞が「500人の村をゆく」と題してルポを連載するまでになり、島奧部を除くと日本一人口の少ない自治体になつた。
銭湯の話にたどり着くまで遠回りしたけれど、高知新聞の連載に気づいて送ってもらつたコピーに、廃屋となつた白滝鉱山の銭湯の写真が掲載されていた。住んでいた社宅から歩いて一分もかからない場所にあり、毎日のように通っていた銭湯だ。屋根が崩れた写真から、入り口あたりの状況が記憶と重なる。
六十年近く前のある日の夕方、偶然にも女風呂の入り口が開いていて、後ろ姿の女性の裸身が目に飛び込んできた。それは同級生の女の子の後ろ姿で、女性と表現するほど成長はしていないが、一糸まとわぬ姿を見てしまつた、その時のドキッとした胸の動惇は、いまも鮮明に記憶に残る。高知新聞のフロントページに掲載された写真を見てこんな連想をする読者はほかにいないだろうけれど、一瞬、時間が逆転したような思いだった。
子供の頃のお風呂の話をもう一つ。中学生になって、徳島の郷里に一人戻されたあとは、しばらく祖父母と三人の生活だった。

ビアガーデン チラシで誘うがちと早い

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

ビアガーデン チラシで誘うがちと早い
(2017/05/15)
 夕方、JR有楽町駅から出たところで、「ビアガーデンやってます」と声をかけ、チラシを配る男性たち。先週あたり、夏日もあつたので、「ビールを」という気分も否定できないが、今日はうす曇りで気温も上がらなかつた。

フルートと挙(こと)が仲良く沙羅の花
(2017/05/13)
福原信男&大熊篤史の共演に、ソプラノの奥脇泉さんたち。初台の東京オペラシティ・近江楽堂で、雨の中、楽しい演奏を聴いた。「花に寄せる調べ」と題して、宮城道雄作曲「初便り」など。大熊さんが、連れ合いの生け花の先輩のお弟子さんという縁。

母の日に 母の姿のいま昔
(2017/05/14)
母の十三回忌も過ぎて、花を贈ったり声をかける人はいない。母から子へ、子から孫へ、孫も母親になつて、それぞれに母の姿がある。長い時間のつながりの中で、一人一人の幸せを願う。まだ二歳前後の頃、母と一緒に撮った写真を飾り、時々、手を

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-5
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 夕方五時過ぎだったので、それほど混んでなくて、若者やちょつと癖のあるひげもじやの男など客は七人。身体を洗って超音波の湯船に入る。江戸の銭湯らしくかなりの熱さだか、我慢できないほどではない。あとで四三度と知った。いったん上がって、普通のお湯の湯船にも身をゆだねる。温度はほぼ同じで、二つとも大人が三人も入るとちょっと窮屈に感じるほど小さい。新入りがあちこち眺めるのも失礼か、と十五分ほどで上がって、脱衣場へ。着流しの男性が椅子に座ってスマートフォンをいじっているかたわらを、入ってきた外国人が通り抜ける。着替えをしていた若い男性二人は関西なまりで、観光のついでという風情だった。「金春湯」を利用する客筋に興味がわくが、取材は控えて外へ。
帰りは晴海通りを走って、歌舞伎座を左手に眺め、勝間橋を渡る。もんじゃの店がひしめく月島通りには「月島温泉」があり、早めにトライしたいところ。佃二丁目の自宅マンションには二十分ほどで帰着。すぐそばにある住吉神社に向かう佃小橋を渡ると、右側に「日の出湯」。ここはマンションと銭湯が一体になつていて、名前を記した煙突がリバーシティーの高層マンションを背景に高くそびえて、存在感を示している。いつも自転車で有楽町駅まで通勤している入船通りの途中には 「湊湯」(湊一丁目)がある。この三軒が日頃、気になつている銭湯の三羽烏だ。
記憶に残る銭湯の思い出と言えば、高知県土佐郡大川村・白滝鉱山に住んでいた小学校六年生の頃にさかのぼる。父親が日本鉱業に勤務していた関係で、小学校時代はヤマからヤマの転校生活。その最後が海抜八〇〇メートルの白滝で、冬には滝も白く凍る寒さだつたことから、この名が生まれたと言い伝えられる。

菖蒲楊に 未練残して今朝もまだ

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦
菖蒲楊に 未練残して今朝もまだ
(2017/05/09)
端午の節句の菖蒲湯。今年は今朝もまだ湯舟に菖蒲を残したまま。マンション入居から17年。最近、給湯器が時々、キューンという音とともに機能停止し、取り換え工事を頼む時期に。数十万円の物入り。

浄智寺で 鶯鳴いて緑濃くく
(2017/05/07)
北鎌倉駅近くの浄智寺境内で野外パーティー。新聞社同期で鎌倉通信部が最後の勤務地だった吉野正浩さん主催。俳句ポストに、酔いに任せて。パーティーには輝祭など持参。参加した若い女性記者との世代の差は大きく。

虎ファンが ユニフォーム着て初夏の駅
(2017/05/11)
昨日夕方のJR東京駅。阪神のユニフォームを着たペア。背中にアルファベットで「鳥谷」。昨日は巨人に敗けたが、菅野投手の連続完封記録を阻止して五連勝した快進撃の主役は鳥谷、糸井、福留。虎キチ六〇年余。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-4
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 夕方五時過ぎだったので、それほど混んでなくて、若者やちょっと癖のあるひげもじゃの男など客は七人。身体を洗って超音波の湯船に入る。江戸の銭湯らしくかなりの熱さだか、我慢できないほどではない。あとで43度と知った。いったん上がって、普通のお湯の湯船にも身をゆだねる。温度はほぼ同じで、二つとも大人が三人も入るとちょっと窮屈に感じるほど小さい。新入りがあちこち眺めるのも失礼か、と15分ほどで上がって、脱衣場へ。着流しの男性が椅子に座ってスマートフォンをいじっているかたわらを、入ってきた外国人が通り抜ける。着替えをしていた若い男性二人は関西なまりで、観光のついでという風情だった。「金春湯」を利用する客筋に興味がわくが、取材は控えて外へ。
帰りは晴海通りを走って、歌舞伎座を左手に眺め、勝鬨橋を渡る。もんじゃの店がひしめく月島通りには「月島温泉」があり、早めにトライしたいところ。佃二丁目の自宅マンションには二十分ほどで帰着。すぐそばにある住吉神社に向かう佃小橋を渡ると、右側に「日の出湯」。ここはマンションと銭湯が一体になつていて、名前を記した煙突がリバーシティーの高層マンションを背景に高くそびえて、存在感を示している。いつも自転車で有楽町駅まで通勤している入船通りの途中には 「湊湯」(湊一丁目)がある。この三軒が日頃、気になつている銭湯の三羽烏だ。
記憶に残る銭湯の思い出と言えば、高知県土佐郡大川村・白滝鉱山に住んでいた小学校六年生の頃にさかのぼる。父親が日本鉱業に勤務していた関係で、小学校時代はヤマからヤマの転校生活。その最後が海抜800メートルの白滝で、冬には滝も白く凍る寒さだつたことから、この名が生まれたと言い伝えられる。

ツツジ咲く 牡丹はまだかと聞いてみる

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

ツツジ咲く 牡丹はまだかと聞いてみる
(2017/04/21)
 江東区の牡丹町公園。そろそろ、純白、黄色、ピンクなどの花が咲く頃。佃公園にはあちこちにツツジが咲いて、桜から主役が交代。福島・三春の滝桜は満開という報道。

朝六時 目覚めに春の雨を聴く
(2017/04/18)
六時前後に起きパソコンを立ち上げ体温を測る。両親などの遺影に水を供え体重など測定後、風呂場で一〇数種類のストレッチ体操、そして入浴。朝食後にラジオのフランス語講座をパソコンで聴く。これがルーティン。

夏日とか あの夏の日がよみがえり
(2017/04/1)
東京は夏日。今日発売の「週刊現代」四月二九日号「田中角栄が逮捕された、あの日」に、「あれから四〇年ー当時の現場記者が語る」の見出しで、私のコメント。何十回も話したことだけど。政治家の質の劣化が心配。

 

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-3
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 天井に大きな送風用の羽根が取り付けられている脱衣場は全体に小ぢんまりとしている。
脱いだ服などを入れるロッカー以外は、水仙の鉢植えが、女性風呂との仕切り側に二鉢。
見上げると男女の仕切り壁の上部に跨るようにして、立派な神棚が鎮座している。「大正時代から店を見守ってくれている」のだという。
「タニタ」の体重計も備えてあつて、測ってみると六七・五キロとほぼ平常値。ロッカーを利用するには百円玉が必要だが、この百円は後で戻ってくるので、美術館などと同じシステム。自前のタオル持参なら百円ワンコインを用意すれば、銀座のど真ん中で 「いい湯だな」の気分を味わえる。これはかなりの贅沢かもしれない、と洗い場への引き戸を開ける。
浴槽は超音波による気泡が白く泡立つ右側と普通のお湯が満たされている左側の二つ。
壁面に朱色や銀色の鯉が描かれていて「一年十二か月来い(鯉)来い」の願いを込めて十二尾がはねる。九谷焼のタイル絵だという。
吹き抜けの二階部分の壁には、定番の富士山が描かれ、男湯は赤富士、女湯には雪をかぶった富士山の清楚なべンキ絵。日本に二人しかいない銭湯画家の一人、中島盛夫さんの作品、とパンフレットに記されている。東電福島原発事故で放射能被害を受けた福島県飯館村の出身で、私と同じ昭和二〇年生まれだ。

葉桜が 好きと女のひとり言

無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

葉桜が 好きと女のひとり言
(2017/04/14)
 知り合いの女性がFBに「満開より葉桜の頃が好き」と。工場がある川崎・大川工場団地のオオシマザクラもほぼ葉桜に。太白の里帰りが話題になり、ロンドンからもメール。
(注)写真は本文とは全く関係ありません。NETからお借りしたものです。済みません)

目の奥に 花の記憶を重ね塗り
(2017/04/12)
この春もさまざまな花を見た。今朝は自転車で佃公園経由。花びらが敷き詰められた道は幸せなピンク色。先日の人間ドックでは、白内障の兆しはあるが、当面心配はない、と。

目の中に 飛び込む緑朝の街
(2017/04/16)
日曜日の朝は一週間分の食糧を買い込むためスーパーへ。自転車を引き出すと、あたりの緑が鮮やかに目に飛び込む。葉桜の緑や民家の軒先に並べられた植木など佃・月島は緑が多い。スーパーにはもう西瓜が並ぶ。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-2
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 ようやく第一歩を刻むことが出来たのが、今年のヴァレンタイン・デーの2月14日だった。自転車で上野の科学博物館に出かけた帰りに、銀座通りに出て、八丁目七番五号の金春湯に向かった。中央通りを四丁目から新橋方面に向かって走り、資生堂の角を右に曲がって花椿通りに入る。最初にぶつかる通りが金春通りなので、左に曲がるとすぐ、小さな「金春湯」のネオンが右側に見えてくる。50年以上前の記憶では、玄関が通りに面していたような気がするが、昨年春に全面的に改築したそうで、「金春湯」と染め上げた紺色の暖簾をくぐり自動販売機がある小道を少し入ったところが入り口になっていた。
正面に「わOPEN」と記した掲示板が立ち、その左側に下足が並ぶ。「わ」が何を意味するか、美大卒の女性が開いているホームページ「せんと♨ガール」によれば、「わ」と板に記しているので「わ(沸)いた」と解読し、お湯が沸いた、すなわち営業中を示す。営業時間は午後2時からと早く、仕舞湯は午後10時。ちなみにお休みの日は「ぬ」の字が書かれ、こちらは「ぬ(抜)いた」と読む。お湯を抜いた、の意で、基本的に祝祭日はお休み。2月22日の日曜日は本来ならお休みだが、東京マラソン当日なので営業します、と汗を流すランナーたちにはうれしい案内が掲示されていた。
下駄や靴を入れるロッカーが左側の壁にあり、その反対側を見ると、手前が男風呂、奥が女風呂になっている。ドアを開けると、左側の番台に小柄な眼鏡のお婆さんが座っていた。そっと入浴証を出すと、じっと検分するように見て、「珍しい名前ですね」。「紺屋高尾の高尾」と告げてみたが、通じたかどうか。
百円玉を置いて、タオルを借りられるか尋ねると、130円で販売しているというので、さらに小銭を置く。後で気づいたことだが、「金春湯」の名入りなら300円だという。記念に買っておけばよかったが、これは次の機会の楽しみに。

ゆすらうめ 桜に負けずベランダに

ゆすらうめ 桜に負けずベランダに
(2017/04/06)
山桜桃梅の花がベランダで満開に。楚々とした白い花。昨夜は門前仲町・大横川の桜を楽しんだ。新聞社時代の「三人娘」と。川面に伸びる花がボンボリの灯りに照らされて。また来年もこの花を。絶滅から救われ、英国から里帰りした「太白」の話題が新聞に。

シャガに雨 七宝に目を癒されて
(2017/04/08)
目黒の東京都庭園美術館に並河靖之・七宝展を見に行く。改築後初めてで、新しいギャラリーが別棟に。藤の花や蝶が描かれた作品は、気が遠くなるほど細かい線使いだが、見ていて気持ちが綺麗になるような。目黒川の花見に向かう途中にシャガの白。甘茶の日。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

 「中央区敬老入浴証」なるものが手元にある。定期券大のカードに鶴と亀のイラストがデザインされ、65歳の誕生日直後に、区役所から送られてきた。それ以来、区内にある11の銭湯と、区は異なるが「入浴証」が利用できる千代田区2ヵ所所」江東区3ヵ所、計16ヵ所の銭湯を巡ることを、仕事を離れた後に挑戦したい計画の一つとして楽しみにしてきた。ところが古稀を迎える今年2015年もまだ現役なので、リタイア後を待たず、そろそろ実現しなければ、と思い立った。
最初に入浴する銭湯をどこにするか、それは最初から決まっていた。銀座の真ん中、金春通りにある「金春湯」である。なにしろ江戸時代末期の1863年創業だから、初風呂に選ぶ銭湯としては申し分ない。それだけではなく、新聞社に入社した1969年7月、研修期間に「町を歩いて、何かテーマを探して原稿を書け」と指示されて、思いついたのが「金春湯」だった。ある日の午後、この銭湯の入り口に立って、やってくるお客さんに、金春湯の魅力やどのくらいの頻度で訪れているのか、などこまごまとしたことを質問し、支給されたばかりのメモ帳を埋めた。
なにしろ、周辺には高級クラブやバー、料亭などが林立し、大学を卒業したばかりの身には、眩しい種族が生きている街に見えた。
この時は銭湯には入らず、新聞社に戻って短いコラムにまとめ、比較的好評だったことは覚えているが、内容は茫々として、記憶のかなたに消えてしまった。ただ、新米の新聞記者として、取りあえずの「取材」は、これが初めてであり、その体験がずっと心の底に残り、「入浴証」を手にしたとき、お江戸の銭湯巡りは銀座から、と自分に課していた。